Trend Shocks or Interest Rate Shocks?

前回いわゆるEmergeng Economies (EE)の景気循環の特徴および、それを再現するためにどのようにスタンダードなRBCを拡張すればよいか、という研究(Aguiar and Gopinath, JPE2007)について触れたところ、ちょうどそのペーパーに深く関連するペーパー(Chang and Fernandez, "On the Sources of Aggregate Fluctuations in Emerging Economies," NBER WP2010)がNBERのWorkin Paperとして出てきたので読んでみた。前回、Aguiar and Gopinathの結果を否定するペーパーがAERのForthcomingとなっている(Garcia-Cicco, Roberto, and Uribe)と書いたが、今回扱うペーパーはそのAER Forthcomingと非常に近い。友人によると、この二つのペーパーは同じような時期に別々に書かれたものの、AERの方が先に有名になってしまったという、ありがちな展開をたどったようだ。

EEの景気循環の特長は何だったか?おさらいしておこう。民間消費の変動がGDPの変動よりも激しい(先進国ではその逆)というのが最も重要な特徴である。貿易収支の振幅も激しいが、消費の変動が激しければ、この結果は自然と出てくるので、民間消費の振幅さえうまく再現できれば貿易収支の激しい振れは自然と得られる。

Aguiar and Gopinathはどのようにして民間消費の激しい変動を生み出したか?TFP(GDPと考えてもよい)の「成長率」の変動が鍵である。成長率が上がり、その状態がしばらく続くと考えてみよう。将来の収入が大きく上がることがわかっていれば、消費を平準化したい消費者は借金してでも現在の消費を増やすであろう。その結果、消費の伸びがGDPの伸びを上回るのである。恒常所得仮説(Permanent Income Hypothesis)を使った説明をするならば、成長率への正のショックは恒常所得(生涯で獲得する所得の合計)を現在の所得以上に増加させるので、恒常所得に基づいて決まる消費の伸びも現在の所得の伸びを上回るのである。彼らは、メキシコ経済のデータを使ってモデルを推定した結果、GDPの変動の大部分はTFPの成長率の変動によって生み出されることを確認した。

前回書いたとおり、このペーパーの問題点は、彼らのロジック以外に消費の大きな変動を生み出すメカニズムがないので、推定をすれば彼らの主張するメカニズムが強く出るに決まっているところにあった。もし、彼らの主張するメカニズム以外に消費の激しい変動を生み出すメカニズムがあれば、問題はどちらのメカニズムがより重要かということになる。今回扱うペーパーはこの問題に答えを出したのが主要な貢献である。

では、Aguiar and Gopinathの主張するメカニズム(Trend shockと呼ぶ)以外のメカニズムとして何があるだろうか。外国からの借り入れの利子率の変動に基づくメカニズムである(Interest rate shockと呼ぶ)。TFPが上がり、景気が改善して、利子率が下がったとしよう。低い利子率は消費と投資を将来から現在にシフトさせる(代替効果)。TFPの上昇に伴う GDPの増加より代替効果の方が強ければ消費がGDPより大きく上がることは十分ありうる。

まず、なぜ景気変動に伴って借入利子率が変動するのかについて簡単に議論しておこう?EEにおいては、借り入れのための利子率はリスクに関係ない部分(risk-free rate)と、借入国のリスク(カントリーリスク)に応じたプレミアムの部分から成り立っている。さらに、カントリーリスクプレミアムは景気と逆に(countercyclical)変動することが知られている。景気がよければ、その国へのローンがデフォルトされる可能性は低くなるので、リスクプレミアムが下がり、景気が悪ければその逆が起こるのである。例えば、現在のギリシャでは、デフォルトの確率(必ずしも「実際の」デフォルトの確率でなくてもよい。お金の貸し手が考えるデフォルトの確率である。よって、fundamentalsに動きがなくても、expectationだけでリスクプレミアムが動くことは十分ありうる)が上がるに従って借り入れ金利のプレミアムが上昇している。デフォルトの確率が高まればより高いプレミアムを乗せた金利を払わないと誰もお金を貸してくれないのである。

Chang and FernandezはAguiar and Gopinathと同じメキシコのデータを使い、Trend shockとInterest rate shockの両方の入ったモデルを推定することで、両方の仮説の相対的な重要度を推定した。推定方法もBayesian Estimationを行っていることが売りの一つだが、どう推定するかはあまり重要なことではない。重要なのは結果の背後にある理論(メカニズム)である。

では彼らはどのような結果を得たか?最も重要な結果は、両方のメカニズムを入れたモデル(encompassing model)において、消費の変動の3%だけがAguiar and Gopinathの主張するTrend shockによって生み出されているというものである。言い方を変えれば、消費の変動の特徴は通常のTFPの一時的な上下(Transitory shock)とInterest rate shockによって生み出されているのである。なぜこのような結果が生み出されたか?片方のメカニズムだけを入れて推定したモデルの特徴を比べるとわかりやすい。メキシコのデータでは、消費の変動の大きさ(standard deviation)とGDPの変動の大きさの比率は1.27(消費の変動の方が27%大きいと解釈すればよい)であるが、Trend shockだけのモデル(Aguiar and Gopinathのモデルに相当する)では、1.08という比率しか生み出せない。その一方、Interest rate shockだけのモデルは1.36という大きな比率を生み出すことができる。よって、両方のショックが入ったモデルを推定すると、消費の大きな変動を生み出すためには後者に頼ることになるのである。実際、両方入ったモデルの生み出す比率も1.36、つまりInterest rate shockのみのモデルと同じ、である。

また、借り入れ利子率の変動が景気循環に影響を与えるメカニズムとして、次のようなものもある。生産のためには賃金のある一定の割合を前払いしなければならないとしよう。いわゆるworking capital(日本語でなんと言うのであろう)である。working capitalを借り入れるコストは利子率に比例するとする。このような環境下では賃金はworking capitalのコストも反映したものとなる。金利が高ければ、working capitalを調達するコストも高くなるので、そのコストが賃金に上乗せされるのである。このようなモデルにおいて金利が下がったとしよう。この場合、working capital 調達のコストが下がるので、労働投入量が増加する。いわゆるLabor wedgeへのショックと同じである。労働投入量が増加すれば生産も増加する。つまり、このメカニズムによると、借り入れ金利の変動がGDPの変動も生み出すのである。このメカニズムはどのくらい重要だろうか?彼らの推定結果によると、それほど重要でなかった。まず、彼らが推定したモデルによると金利の変動はGDPの変動の6%しか生み出していなかった。さらに、このチャンネルのあるなしは消費の変動の(GDPの変動の大きさに比べた)相対的な大きさに大きな影響を与えなかった。

メッセージがはっきりしたペーパーである。借り入れ金利(特にカントリーリスクプレミアム)の変動の重要性が強く認識されたことが、最近の、借り入れ金利が均衡で決まって内生的に変動するモデル(代表はArellano, AER2008)の発展につながって現在に至っている。

Business Cycles of the Emerging Economies

今回はAguiar and Gopinath (JPE2007)について書く。この論文は2つの部分で構成される。1つ目は、いわゆるEmerging Economies (EE)と呼ばれるグループに含まれる13カ国の景気循環の特徴を整理して、13カ国の小さい先進国(Small Developed Economies, SDE)の景気循環の特徴と比較したことである。2つ目は、EEの国に特徴的な景気循環のパターンは通常のRBCモデルでは説明できないことを示した上で、これを生み出すことのできるようなモデルの拡張方法を提示したことである。ロジックもとてもわかりやすい、JPEのお手本のような論文である。比較に使われる先進国は小さい先進国に限定されている。その理由としては、EEはsmall open economyとしてモデル化されるので、比較の対象となる先進国もsmall open economyとして分析したいのだけれども、大きな先進国の場合、small open economyとして分析することを正当化するのが難しいからである。モデルを実際にカリブレートする際には、筆者らはEEの代表としてメキシコ、SDEの代表としてカナダを使っている。

RBCモデルがポピュラーになって以来、RBCモデルを他の国、特に非先進国に当てはめようとする試みは多く行われてきた。特にアメリカにいる留学生であればまずは自分の国に当てはめたくなるのが自然であろう。但し、そのような研究は比較的脚光を浴びるのに時間がかかった。それはなぜか。個人的な印象としては、(1)普通のRBCモデルで仮定される完備市場の仮定をそのまま非先進国にも使ってよいのかという疑問があった、(2)RBCモデルの暗黙の背景として、経済がBalanced Growth Pathにあることがあるが、非先進国にはそれが当てはまらない、(3)データの信頼性に問題がある、(4)マクロ経済学の動向がInternational Economicsの動向に影響を与える時にはラグがありがち、という4点が挙げられると思う。

但し、(1)については、最近の研究で、現時点でよく分析に使われているタイプの市場の不完備性がマクロ指標の動きに影響を与えるケースは少ないことがわかってきているので(もちろん、これは、現在分析されているタイプの市場の不完備性に問題があるのかもしれない)、比較的抵抗が薄くなってきている。この論文においては、分析をEEに限定することで(2)と(3)の批判は(ある程度)かわすことができている。また、この論文においては多くの国のデータを同時に見ることで(3)の批判もある程度かわすことができている。

筆者らが景気循環のパターンを分析したのは以下の国である:
  • EE:アルゼンチン、ブラジル、エクアドル、イスラエル、韓国、マレーシア、メキシコ、ペルー、フィリピン、スロバキア、南アフリカ、タイ、トルコ
  • SDE:オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス

筆者らは、これらの国の最低40四半期のデータを分析した結果、以下の4つのパターンは大多数の国に共通であることを発見した。

1. EEの方がGDPの変動が激しい。HPフィルターをかけた四半期データを使うと、実質GDPのstandard deviationはEEに含まれる国の平均が2.7%、SDEの国の平均は1.3%である。

2. EEでは民間消費の変動がGDPの変動より激しい(higher volatility of C)。SDE(DE一般に当てはまる)においてはこのパターンは逆である。全サンプルの平均を取ると、実質民間消費のstandard deviationはEEではGDPのstandard deviationより45%高い一方、SDEでは6%低い。

3. EEでは貿易収支(Trade Balance)の変動も激しい。EEの国の平均の貿易収支の対GDP比率のstandard deviationは3.2、SDEの国は1.0である。

4. EEでは貿易収支とGDPの負の相関が高い。EEの国では、相関係数はー0.51、SDEでは相関係数はー0.17である。

このペーパーでは、これらの違い、特に2-4(1はほぼショックの大きさの仮定から出てくるので)を再現するためのスタンダードなRBCモデルの拡張方法を提示している。そのキーとなるロジックは以下のとおり、非常にシンプルである。普通のRBCでは消費の変動は小さい。それはなぜかというと、ショックがstationary(平均の上下を行ったり来たりすると考えればよい)で、消費者がrisk averse(消費の変動を嫌う)だからだ。GDPが上がったり下がったりする中で、消費を安定させたければ、GDPが高いときには貯蓄を増やして将来の不況に備え、GDPが低いときには貯蓄を切り崩せばよい。いわゆるpermanent income hypothesisである。このような仮定の元では、消費の変動はGDPの変動より必ず小さくなる。実際、RBCでしばしば問題になるのは、モデルにおいて逆に消費の変動が小さすぎる(Excess smoothness puzzleと呼ばれる)ことである。

では、このパターンを崩すにはどうしたらよいか。筆者らは、GDP成長率へのショックを導入すればよいことを示した。GDP成長率が急に上がった場合どうなるか?将来のGDPは大きく上がることが予想されるので、将来の消費を現在の分にまわすことが、消費を平準化したい消費者にとって最適な消費パターンとなるのである。就職したての若い人を考えてみればよい。(今の日本では必ずしもそうではないかもしれないけれども)将来の収入が順調に上がることがわかっているれば、現在は借金してでも買い物をすることで現在の消費と将来の消費を近づける(消費の平準化)ことができるのである。GDPの成長率が上がった場合、現在のGDPの伸びはあまり大きくないかもしれないけれども、将来もGDPが順調に伸びることが予想されるので、消費の伸びはGDPの伸びより大きくなるのである。

整理すると、GDPの一時的なレベルとGDP成長率の両方が変動する場合、前者の変動が大きければ消費の変動は比較的小さいものとなり(SDE)、後者の変動が大きい場合は消費の変動はGDPの変動より大きいものとなる(EE)。消費の変動が大きくて、投資の変動がそれほど大きくなければ、貿易収支(=GDP ー消費ー投資)も大きく変動し、GDPとの相関も高くなるのは容易に想像できる。彼らは投資の調整コストを入れることで投資の変動を抑えているので、この結果も驚くべきことではない。

では、実際に、それぞれの国でどちらのショックが大きいかを測るにはどうしたらよいだろう。シンプルなRBCモデルであれば、GDPの変動(および景気循環すべて)はTFP(Total Factor Productivity、全要素生産性)の変動から生み出される。その上、TFPの変動は「ソロー残差」と呼ばれるものの変動から推定するのが一般的である。ただし、ここで問題となるのは、一時的なレベルの変動と成長率の変動を区別するのは難しいことである。しかも、データが非常に短い(40四半期程度)上に、データもあまり当てにならない。では筆者たちは何をしたか。まずは、EEのソロー残差を使って一時的なレベルの変動と成長率の変動の相対的な大きさを推定したところ、EEの国では成長率の変動が大きいという仮定をしてもそんなにおかしくない(正確に書くとわかりにくいのでわざとあいまいに書いている)ことを示した。その上で、消費のデータも使ってTFPの変動を推定するとEEの国では成長率の変動が重要で、SDEの国では一時的なレベルの変動が重要だという結果が導かれる、と主張した。具体的には、彼らの推定結果によると、メキシコ(EEの代表)においては成長率の変動が全体的な変動の96%を生み出している一方、カナダ(SDEの代表)においては成長率の変動は全体的な変動の37%しか生み出していないことがわかった。

ただし、EEの国は消費の変動がGDPの変動より大きくて、彼らのモデルにおいてはこのようなパターンと整合的なのは成長率の変動しかないとわかっているので、消費のデータも使って推定すればこのような結果が出るのは当たり前である。ある意味、彼らの「推定」方法というのは彼らに都合のよい結果が出ることが前からわかっているのである。しかも、使用されたデータが短いという問題も残る。実際、長いサンプルを使って、ここで使われたモデルに含まれていない消費の変動を生み出すことのできる他の要素も含んだモデルを推定すると、彼らの結果は打ち消されるというペーパーがAERのforthcomingとなっている。

最後に、筆者らは、1994年のメキシコのような急激な貿易収支の動きも、モデルで生み出すことができることを示している。但し、景気変動の大部分が成長率の変動によるものであれば成長率に大きな負と正のショックが連続であった場合、消費が大きく減少そして増加するので、これもあまり驚くべきことではない。

この論文の重要な貢献は、EEの景気循環に関するデータを整理して、この分野の今後の研究の発展に刺激を与えたこと、消費の大きな変動を生み出すシンプルなロジックを提示したことである。成長率へのショックというのは、ファイナンスでも一時期はやりの気配を見せていた(Bansal-Yaronのlong-run risk)が、今はどうなっているのだろう?

Financial Shocks

またしてもものすごい間隔があいてしまった。短い文章を書くこともできないくらい忙しいことは決してないのだけれども、今回扱う論文(Jermann and Quadrini (WP2009)、タイトルはMacroeconomic Effects of Financial Shocks)についていろいろ考えているうちに時間がたってしまった。本来は、結果をreplicateするなどして腑に落ちないところを確認したいのだけれどもそんな時間はないので、ちょっと消化不良のまま書くことにする。

RBCをはじめとするすべての現代のマクロモデルは、次の2つの要素に分解可能である。
  • ショック(Shock)。景気変動を引き起こすきっかけである。もっとも頻繁に使われるのはTFP(全要素生産性)へのショックである。
  • Propagation(波及)あるいはAmplification(増幅)メカニズム。経済に与えられたショックがどのようにマクロ変数に波及していくか、あるいは最初のショックがどのように増幅されていくかを決めるモデルの構造である。

多くのマクロの論文は、上の2つのどちらかにおいて、新しい要素を導入し、これまで存在したモデルと、景気変動におけるマクロ変数の動きがどのように異なるかを調べる、という方法をとることが多い。新しいショックを導入するならば、新しいショックが、これまで使われていたショックとどのように異なるマクロ変数の動きを生み出すかが重要である。新しくかつもっともらしい(というのはあいまいな言葉だが)ショックを使ってこれまで使われていたショックでは再現できなかったマクロ変数の動きが生み出すことができればそれはいい論文となりうる。新しい波及チャンネルあるいは増幅チャンネルを提案するのであれば、そのチャンネルがもっともらしくて(ミクロ的な裏づけがあったりするとよい)今までと同じようなショックをモデルに与えた時に、これまでのモデルでは再現できなかったマクロ変数の動きを再現できれば、それはおそらく価値のあるチャンネルを提案しているということになる。

では少し話を進めよう。現在アメリカ等で起こっている(おそらくは2009年の中ごろに終わったことになるだろうが)景気後退の原因はなんだろうか。「金融危機」という言葉がよく使われていることから想像できるように、多くの人は金融セクターに「何か」が起こって、それが経済全体に波及したと考えている人が多いのではないだろうか。但し、この考えをさらに推し進めるのは簡単ではない。多くのマクロのモデルでは、金融セクターの役割は何もないことが多いので、金融セクターに「何か」を起こすのは簡単ではないのである。その上、「何か」とは何かということも考えなければならない。

もちろん、これまでも金融セクターに何らかの役割があるモデルは作られてきた。Kiyotaki and Mooreのcredit cycleやBGG (Bernanke, Gertler and Gilchrist)のfinancial accelrator理論などがその有名な例である。但し、これらのモデルはPropagation & Amplificationに注目してきた。主にショック自体は金融セクターの外にあるのだけれども、金融セクターがどのように働いているかによってショックがマクロ変数にどのように影響を与えるか変わってくるのである。

今回のペーパーは金融セクター発のショックと、波及・増幅メカニズムの両方を提案したという点で既存の研究から一歩先を進んでいる(もちろん、最近は他にも同じような狙いの論文が多く書かれている)。モデルの構造はシンプルなRBCモデルに1つ新しい要素を加えただけである。その要素を以下で説明してみる。

彼らのモデルの新しい要素はEnforcement Constraint(EC)と呼ばれるものである。ECがどのように生み出されるかを説明してみよう。キーとなる仮定は2つある。1つ目は、企業がデフォルトできるという仮定である。2つ目は、企業は運転資金を毎期毎期借りなければならないという仮定である。運転資金は毎期毎期の生産量Yと同じであるとする。まずは、デフォルトしなければ企業の価値はVであるとする。デフォルトするとどうなるか。企業は生産量Yに相当する運転資金を借りたローンを返さなくてよいのでその分得をする。その上、債権者がdV(dはもちろん0から1の間)だけ回収できるとする(彼らの仮定は、bargainingなどが入っていてもっと複雑であるが、こちらの方が説明しやすいので変えてみた)。この場合、デフォルトした企業の手元に残るお金はY+(1-d)Vである。では、どういった条件の下で企業はデフォルトをしないのか。デフォルトをしたときに手元に残るお金が企業価値を下回るとき、つまりV>=Y+(1-d)Vのいるときである。この関係を簡単にすると、dV>=Yが導き出される。この、企業がデフォルトを選ばないための条件こそ彼らがEnforcement Constraintと呼ぶものである。この条件が満たされないときは企業がデフォルトしてしまうので、金融機関も融資をしない。つまり、融資を受け続けるためには企業は自主的にECを守らなければならないのである。均衡でデフォルトが起こらない(均衡上では企業はデフォルトが起こらないように行動するので)のは面白くないのだけれども、借り入れ制約がデフォルトと結びつくことによって、借り入れ制約が内生的に決まるという面白い構造になっている。

彼らは、さらに、dの変動をFinancial Shockと定義した。モデルにとっては外生的な何らかの理由でdは変動するのである。彼らの論文の面白いところは、dが変動したときに、マクロ変数がどのように変動するかのシミュレーションである。

彼らのモデルでは現在の景気後退はdへの負のショックの結果として捉えられる。dに負のショックが加わると何が起こるか。ECの左辺(dV)が小さくなるので、他の変数が変わらなければ企業がデフォルトしてしまう。それを避けるために、何ができるか。1つは、今期の配当を減らして企業価値Vを大きくすることである。もう一つは労働投入量(L)を減らしてGDP(Y)を減らすことである。資本(K)を減らすことでも生産量を下げることはできるけれども、資本は、普通のモデルと同じく前期に決定されていると仮定されている。資本が変わらなくて、TFPにショックもなくて、労働投入量が減れば、GDPは減少する。つまり、dへの負のショックは、労働投入量の減少、GDPの減少、を生み出すのである。TFPが変わらないにも関わらず労働投入量やGDPが減少するのがこのモデルの面白いところである。最近のアメリカにおいては、TFPの動きとGDPや労働投入量の動きの相関が落ちているという研究がある(と聞いたが誰の研究か忘れてしまった)が、このモデルはTFPの動きなしでGDPの変動が生み出されているという意味で最近のアメリカの景気変動をうまく説明するモデルになりうる可能性を秘めているといえよう。

最後になってしまうが、彼らのセールスポイントの一つは、実は、企業の資金調達パターンをうまく再現できているところにある。彼らが示したアメリカのデータによると、企業は好況時には債務を増やすと同時に配当も増やし、不況時には債務を減らすと同時に配当も減らすという資金調達パターンを示している(1984年以降のアメリカのデータによると、トレンドを除去した四半期データにおけるGDPと配当の相関係数は0.41、GDPと債務の増加量の相関係数は0.61である。さらに、このような景気循環に伴うパターンと、配当、債務の増加量のvolatilityは1984年以降、いわゆるGreat Moderationの時期にかなり強まった)。今示したモデルでは、このパターンもうまく再現されているのである。なぜか。彼らのモデルにおいて企業が不況時に配当を減らすのは、先ほど示した。ではなぜ不況時に債務が減るのか。彼らは、債務による借り入れの方が借り入れコストが低いと仮定した。この仮定によると、企業はできるだけ多く債務での資金調達を行う。但し、債務による借り入れはECで制限されている。この場合、dが減少するとECがタイトになるので、債務の量は減少せざるをえない。このときはGDPも減少するので、このモデルにおいてはGDPと債務の増加量の相関が生み出されるのである。

dへのショックが何を意味しているかわからないのが腑に落ちないのだが、TFPも同じようなもんだ、そのうち慣れる、というようなことを友人は言っていた。そうなのかもしれない。その一方、この先、dのようなFinancial Shockをより精緻化したモデルが出てきてもおかしくないと思う。