Intergenerational Redistribution in the Great Recession: Did Anybody Gain?

なぜ金融危機が起きたかとか、どのように金融セクターの問題がマクロ経済全体に波及していったかというペーパーではないのだけれど、Great Recessionが異なる世代にどのように異なる影響を与えたかを分析したペーパー("Intergenerational Redistribution in the Great Recession," A. Glover, J. Heathcote, D. Krueger, and J.-V. Rios-Rull)について触れた後、この論文の結果に対して(若干の)異議を唱えた論文(今年のJob market candidateによって書かれた)にも簡単に触れる。

Great Recession(に限らずどの不況でも程度の差こそあれ起こることであるが)においては、GDP(家計の収入と言い換えてもよい)と資産価格(特に住宅価格)が大きく下落した。Great Recessionの底において、GDPは(トレンドと比較して)8.3%下落した。また、彼らの計算によると、資産価格の下落に伴い、家計が保有するリスクの高い資産(株式・持ち家)の資産価値は2007年から2009年にかけて32%も下落した。32%の下落の約半分は持ち家の価格の下落、約半分は株価の下落によるものである。

これらの変化は、異なる世代(年齢の家計)に対して、異なる効果を持つことは簡単に想像できるであろう。異なる世代への異なる効果を、緻密に分析したのがこのペーパーである。ペーパーでなされた緻密な分析を丹念に追ってゆくことはブログでは不可能なので、Great Recessionが異なる世代に異なる効果を与えうるチャンネルを一つずつ見てゆき、コンピューターシミュレーションで計算された、すべてを総合した効果を最後に説明する。

1. 不況に陥った際に資産を多く持つ世代の方が、資産価格の下落によって、より大きな損失を受ける。

上のグラフは、2007年における、異なる年齢の家計の平均の労働収入(実線)と保有する総資産価値(点線)を表している。一目見れば明らかだが、若い世代は資産が少なく、資産はだんだん増えてゆき、60-69歳にピークに達し、その後減少する。このようなパターンは、ライフサイクル仮説と呼ばれる理論によって説明できる。若いときはそもそも資産を持っていないものの、退職後の生活に備えて、働いている間はだんだん資産を増やしていく。60-69歳でピークに達するのは、そのころに大部分の家計が退職するからである。70歳以降はその貯蓄をちょっとづつ使っていくので保有資産額は減少してゆくのである。

それぞれの世代が、一定の割合でリスクの高い資産に投資しているのであれば、金額で見れば、不況が訪れて資産価格が下落した際には、資産残高の多い世代(特に60-69歳)ほどダメージが大きいということになる。

2. その一方、総資産のうちリスクの高い資産に投資されている割合は若い世代ほど高い。
彼らの計算によると、20-29歳は資産のうち135%がリスクの高い資産に投資されている。100%を超えているということは、レベレッジを利かせているということである。言い換えると、総資産の35%に相当する借金を負っているということになる。但し、容易に想像がつくと思うが、この大部分は持ち家である。若い家計は住宅ローンを借りて、資産保有高以上の価値の家を持っているのである。彼らのモデルでは家と株式を区別していないが、若い家計の持ち家を、株式を所有するようにモデル化するのは問題があるように思われる。

この割合は年齢の高い世代ほど下がってゆく。例えば、40-49歳では105%が高リスク資産に投資され、5%の借金を負っている。これが60-69歳になると、総資産のうち85%は高リスク資産、15%は低リスク資産という構成になる。70歳以上の家計では79%が高リスク資産、21%が低リスク資産という構成である。

これらは何を意味するか?1.とは逆に高リスク資産へより多くの資産が配分されている分、高リスク資産の資産価格の下落の影響は、今度は逆に、若い世代のほうが大きくなるのである。

では、これらを組み合わせて、2007-2009年における資産価格の下落が各世代の家計のどのような影響を与えたかをまとめたのが以下の表である。

Total Lossesという列を見ると、金額で、それぞれの年代の家計が資産価格の下落によっていくら損をしたかが計算されている。例えば、20-29歳の家計は平均して3万ドル(1ドル77円換算で230万円)の損失、40-49歳の家計は16万ドル(1250万円)60-69歳の家計は31万ドル(2400万円)の損失を被ったのである。結局、2に挙げたような効果はあるものの、やっぱり総産の多い60-69歳の家計のダメージが最も大きかったことがわかる。

その横の列には、総資産額に対する損失の比率が計算されている。比率で見ると、平均して、20-29歳は総資産の39%を失った一方、40-49歳は35%、60-69歳は29%と、年齢とともに損失が総資産に占める比率は低下している。これはまさに2の効果である。

3. 若い世代は一時的な収入の低下がその後の人生の幸福度に与える影響は比較的小さい。
では、Great Recessionで生じた収入および資産価格の低下が異なる世代の家計の幸福度(welfare)にどのような異なる効果を与えたかを考えてみよう。ここから先の分析にはモデルが必要になってくるが、モデルの詳細には立ち入らない。まずいえるのは、若い家計は、Great Recessionで(おそらく)一時的に収入が下がったとしても、その後に持ち直すことが予想されるので、一時的な収入の低下が一生の平均的な消費量に与える影響は小さいといえる。反対に、退職間近の世代は、収入が一時的に落ちたときにその後の人生の平均的な消費量に与える影響は比較的大きい。収入が落ちてからの平均的な人生の長さが短いからである。極端な話、死ぬ直前の人を考えてみよう。その人は資産を持ってなくて、すべての収入を消費すると仮定しよう。その場合、収入が10%落ちれば消費も10%落ちる。反対に、あと100年生きる人を考えてみよう。その人の最初の1年間だけ収入が10%落ちたところで、その下落分を100年間でならせば(利子とかは無視しておく)、各年の消費の下落はたったの0.1%である。つまり、不況が一時的なものであれば、不況がその後の人生の幸福度に与える効果は、若い世代ほど小さいのである。もちろん、この議論は、高齢の世代の、これまでの人生の幸福度を無視していることには注意が必要である。

4. 資産価格が一時的に低下している場合、これから資産を蓄積する若い世代は得をする。言い換えると、一時的な資産価格の下落は(資産を多く持っていて資産を売ろうとしている)高齢の世代から(資産をこれから買う)若い世代への所得移転の効果がある。
このポイントがこのペーパーの一番の売りである。Great Recessionでは誰もが(程度の差こそあれ)苦しむと考えるのが普通であるが、このチャンネルの強さ次第では、若い世代は「不況で得をする」ことが理論的にはありうるのである。

5. Great RecessionではGDPが8.3%下落したが、労働収入の低下度合いは世代によって異なっている。特に、若い世代の労働収入の低下が大きい。
GDP(彼らのモデルでは総労働収入と同じ)は合計で8.3%下落したものの、各世代を見てみると、労働収入の低下度合いは異なる。

上の表は、それぞれの世代の労働収入が、2008年と2010年の間で平均してどの程度下がったかを整理している。20歳台と30歳台の労働収入は11-12%も下がっている一方、60-69歳の収入は6.2%しか下がっていない。このチャンネルによると、Great Recessionの不の影響は若い世代ほど大きいということになる。ただ、この違いは主に失業率の違いから生み出されているのではないかと思う。そうであれば、「平均的には」若い世代の収入の落ち具合が大きいが、若い世代の中の格差を見なければ厳密な議論はできないと思う。

では、上で述べたような要素をもったモデルで、Great Recessionが与えた各世代の幸福度への影響の違いを計算し、整理したのが以下の2つの表である。一つ目は、5、つまり、年代による収入の低下の違いを考慮しないケースである。幸福度は生涯の消費の何%下落に相当するかというものさしで測られている。例えば、ー3%というのは、Great Recessionによって被った幸福度の下落が、各年の消費をちょうど3%づつ削ったのと等しいことを意味する。

なお、1列目の1-6は20-29歳、30-39歳、…、60-69歳、70歳以上、に相当する。また、結果が3列あるが、左から、Risk Aversionが1,3,5に相当する。彼らは、Risk Aversion=3を最も標準的なケースとして扱っているので、真ん中の列に注目しよう。ちなみに、想像通り、Risk Aversionが高いほど(右へ行くほど)Great Recessionが幸福度に与えた影響は大きく(より深刻に)なっている。なお、このシミュレーションにおいては、Great Recessionは10年続いて、その後は経済は通常の状態に戻ると仮定されている。驚くべきことに、20-29歳の世代は、Great Recessionによって、得をする(0.33%の消費の増加という微々たるものであるが…)のである。若い世代が得をする効果を生み出すチャンネルは3と4、特に4である。若い世代にとっては20歳台のときに一時的に収入が下がっても一生の消費に与える影響は小さい(これは3)。更に、資産を蓄積するときに、高齢の世代から資産を安く買い取ることができるので得をするのである。価格が安いのに何で高齢の世代は資産を売るのかというと、彼らはまもなく死ぬし、子孫に遺産を残すことは仮定されていないので、死ぬ前に消費するためには資産価格が安かろうが売るしかないのである。言い換えれば、もし、子孫兄さんを残すことができて、それによって幸福を得られるのであれば、高齢の世代のダメージは小さくなるはずである。極端な例では、Ricardian Equivalenceのときのように、Dynasty(異なる世代が遺産を通じてつながっていてあたかも一つの永久に生きる消費者のように行動すること)が作れれば、世代による違い自体が消えうせる。

その後は、40-49歳は約2%の損失、60-69歳は6.2%の損失というように(monotoneではないが)大体年齢とともに、Great Recessionによる幸福度への負の影響は増加してゆく。70歳以上にいたっては、9.2%の消費に相当する幸福度の損失を被ることになるのである。

次の表は5、つまり、若い世代の収入の低下幅が大きいという仮定(データに基づく)を入れたものである。

だいたいその前の表と同じだが、若い世代の幸福度が全体的に下がる一方、比較的高齢の世代の幸福度の低下幅が小さくなっている。これは驚くべきことではない。単に、若い世代は収入がより大きく低下し、より高齢の世代の収入の低下幅が小さくなったからである(5で示した表を思い返してほしい)。例えば、20-29歳は、前の表では、Great Recessionによっ幸福度が増加するというちょっと驚くべき結果が出ていたが、その効果は(まだ幸福度の低は幅は小さいものの)消されてしまった。

では、この計算はどの程度信用できるであろうか?job marketに出ているので、あまり詳しく書くのは控えるが、あるペーパーでは、3つの問題点が提起されている。
(1) 若い世代は安い価格で資産を買いたくてもたぶん流動性制約に引っかかって買うことができないので、若い世代は結局安い資産価格の恩恵を享受できないのではないか。
(2) 上であげたペーパーは各世代の中の格差を捨象している。若い世代のうち、多くの家計は平均で見る以上に借金をしている。よって、若い世代の中でも、資産価格の下落で大きく損をする家計も存在する。
(3) データで見ると、若い世代の消費量、持ち家の資産価値、その他の資産の保有残高、は2007年と2009年で減少している。このことは、若い世代が得をするという理論と整合的ではない。
どの指摘も最もだと思う。これらを考慮したうえで、このペーパーでは、若い世代の幸福度も消費換算で平均5%下落したと計算している。

細かい点はいろいろ突っ込みどころがあるが、不況が異なる世代に与える異なる影響を綿密に分析したというのはとても面白い。

Financial Crisis of 2007-2009 and Macroeconomy

アメリカが金融危機を契機とする景気後退、いわゆる「Great Recession」に陥って以来、金融部門がどのように「危機」に陥るかを分析するモデル、そして金融部門(の問題)がどのようにマクロ経済に影響を与えるかを分析するモデルが大量に生産されている。もちろんGreat Recessionの重大さを考えると、これらの問題に皆が注力することは当然なんだが、あまりに玉石混合で、最近何がなんだかよくわからなくなってきている。よって、どのようなことが2007-2009年あるいはそれ以前に起こって、(特にマクロ経済学において)どのような課題が僕らに突きつけられているのかを、簡潔に整理したいと思っていた。そういうところに、"Getting up to Speed on the Financial Crisis: A One-Weekend-Reader's Guide," by Gary B. Gordon and Andrew Metrick (2012, NBER Working Paper No. 17778)という論文が目に付いたので頭の整理を助けるために読んでみた。この論文はJEP(Journal of Economic Perspectives)に出版予定だけあって、専門家でなくても読めるようになっている。但し、この論文は頭の整理の助けにはなったが、丸きり参考にしているわけではない。著者らはFinanceとくにBankingの専門家だけあって、金融部門の問題に注力しすぎていると個人的には思うので、この論文よりはマクロ寄りに書いてみる。ただ、僕も頭の整理をしながら書いているので、これはおかしいというところが多々あると思う。気づいたら教えてほしい。

以下、時系列的に、何が起こったか、どのような政策がなされてきたか、そして、今後の問題点は何か(と僕は考えているか)を書いていきたい。

(1) 「住宅ブーム」
1990年代中頃から、アメリカには空前の住宅ブームが訪れた。少なくとも1970年代から1990年代まで持ち家比率(家計の中で家を所有する比率)は64%前後で安定的に推移していたのが、1990年代中頃から持ち家比率は急激に上昇し、2005年には69%まで達した。その有力な理由として考えられているのは、頭金がいらない住宅ローン、利子だけ払えばよい住宅ローン、最初のうちの元利支払いは少なくてよい(但し支払い金額はその後急激に増加する)などの新しいタイプの住宅ローンがあらわれたことである。これらを使って家を買った人はおそらくはちょっとでも経済状況が悪くなれば住宅ローンの返済に困ってしまう人であったので、これらの新しいタイプの住宅ローンは後にはサブプライム(=優良でない)ローンになって保有する金融機関に多大な損失を与えた。それは後でまた書く。

家を買う人の人数が増えるにつれ、住宅価格も急上昇した。1996年から2006年の間に、家関係を除くCPI(消費者物価指数)は27%しか上昇しなかったが、平均住宅価格は2倍になった。言い方を変えると、住宅の(他の一般的な消費財に対する)相対価格は56%上昇した。

この点において重要なのは、住宅ブームがバブルであったか、と言うことであるが、残念ながら僕はバブルか否かを判断するすべを持ち合わせていない。バブルだというモデルは(簡単に)作れるし、(バブルでなく)ファンダメンタルが住宅価格を引き上げたというモデルも作ることができる。この問題とは別に、住宅ブームがバブルであったかファンダメンタルに基づくものであったかにかかわらず、このような住宅価格の大きな振れは抑制すべきものかという問題もまだ答えは出ていない気がする。日本であれアメリカであれ今でこそ皆住宅ブームは悪いものであったような言い方をするが、一時的には好景気を楽しめたのだ(もちろんこういうことはアカデミックには重要な質問だと思うが、一般の人にすれば何言ってるんだといわれる類の質問と思われる)。

(2) ABS (Asset backed Security)特にMBS (Mortgage Backed Security)の出現。
住宅ブームと同時に、細かい住宅ローンをまとめて、それを担保に借金をする(厳密にはちょっと違うがまぁこういうものだと思う)という動きが活発になった。住宅ローン(=モーゲージ)に裏打ちされた債券という意味でMBSと呼ばれる。担保にするものは別に住宅ローンでなくてもよい。クレジットカードローンやオートローンに裏打ちされたものもあり、総称してABSと呼ばれるが、MBSの発行残高が一番大きかったと思う。いわゆる証券化(Securitization)の一環である。更に、銀行などの金融機関の子会社が住宅ローン買いあさり、集めた住宅ローンでMBSを作って借金することが多く行われた。子会社にやらせることで、銀行のバランスシートにある時のようにリスクに見合った資本を積み増したりする規制を逃れることもできた。特に、住宅ローンをまとめて、その中で優良(そうに見える)ものだけ切り売りして優良な担保に裏打ちされた(ように見える)借金をすることで、低い金利で借金をすることもできた。銀行の子会社以外にも比較的ゆるい監督下に置かれていた投資銀行も積極的にこれを行った。いわゆる規制のゆるい「影の銀行セクター」と呼ばれる金融部門がこのようなう動きのけん引役で立った。

金融危機以来、バランスシート外におかれた資産、負債もきちんと報告させるような制度が整備されている。また、投資銀行等の「影の銀行セクター」への監督も厳しくなっている。MBSのような新しい種類の金融商品を規制するか(あるいは課税して弱めるか)については、まだ答えは出ていないと思う。より多くの金融商品が増えることは歓迎すべき(いらなければ使わなければよい)というのが簡単な答えであるが、そうなのか?

(3)「アメリカの貯蓄不足あるいは世界的な貯蓄過剰」
アメリカは政府部門も家計部門も恒常的に支出が収入を上回っている。このことは、経常収支が恒常的に赤字だということと同じである。輸出が輸入を下回ればドルが海外に流れる。ではこのドルがどのように使われたかというと、多くはアメリカの政府証券の購入に使われた。アメリカの政府証券のような安全な資産の需要が多かったことから、同じように「安全」そうに見えるMBSの需要も高まったという仮説がある。

更に、Bernankeが「global saving glut」と呼んだものもある。彼によると、2000年代前半には世界的に貯蓄が過剰になっており、その貯蓄が住宅価格を引き上げたり、アメリカの政府証券に大量に投資されたりした。更に、アメリカの政府証券のような安全な資産の需要が増えたことが、一見「安全」そうにに見えたMBSの需要も引き上げたという仮説にもつながっている。ただ、2000年代前半の状況が本当に世界的に貯蓄超過だったのかのか判断するのは難しいのでは。

(4) 「2007-2008年のサブプライム金融危機」
2007年ごろから住宅ブームに終了の気配が漂いだした。それまでは(今では、特に日本人には、信じられないが)上がるだけと思われてきた住宅価格も下がり始めた。前に書いたように、いわゆる新しいタイプの住宅ローンを借りていた人はちょっとでも景気が悪くなると返済できなくなる人たちだったので、住宅ローン、特にサブプライム住宅ローンのデフォルトが増加した。特にサブプライムの住宅ローンを集めてMBSを作っていた銀行の子会社、投資銀行は多くの損失を計上することとなった。更に、子会社がサブプライムローンで大きな損失を計上した場合、親会社がその子会社の損失をカバーしたりしたので、親会社たる普通の銀行の業績も悪化した。更に、MBSのリスクが思っていたものより高かったことがわかり、保有していた機関が一斉に売りに出し、価格が暴落したことで、MBSを使って借金をしていた金融機関のダメージが更に大きくなった。

こうなると、いわゆる取り付け騒ぎである。サブプライムローンで大きな損失をこうむった金融機関は、そのダメージとともに、ほかの金融機関から短期のお金を借りることさえできなくなり、破産することとなった。リーマンブラザーズなどはその例であろう。投資銀行でない普通の銀行も、子会社の損失を埋め合わせることで損失が拡大していった。更に、比較的ダメージの小さい金融機関の間でも、貸し倒れのリスクへの不安が大きくなり、金融機関がお互いに短期の資金を貸し借りすることができなくなった。いわゆるカウンターパーティリスク(金融取引の相手の貸し倒れリスクを懸念することによって、銀行間の金融取引が円滑に行われなくなること)である。短期のインターバンク金利が急上昇したのはこういうときである。FRBは、銀行が短期の資金繰り困って破産しないように、銀行が短期の資金を借りられるようなさまざまな制度を整備した。

(5) 「金融危機からGreat Recessionへ」
Great Recessionの初期には、金融セクターの問題が発端となってこれだけ深刻な景気後退が引き起こされると考えている経済学者は比較的少なかったように思われる。銀行の短期の資金繰りが問題になったのであれば、銀行に短期の融資を供給すればそれでおしまい。サブプライムローンで損失をこうむった銀行があれば、それらの銀行が破産するなり業務を縮小する間に、ほかの比較的健康な銀行がシェアを拡大すればそれで終わりではないか。実際はそうはならなかった。なぜだろう。今回参考にしたペーパーはこの点には触れていない。説明としていくつかの候補をあげてみる。但し、どれが正しいか、どれも間違っているのか、答えは出ていないと思う。
(a) 金融危機で投資家や消費者が心理的ダメージを負った。例えば、将来の経済成長への見通しが暗くなった。それに伴い投資や消費の需要が大幅に減少した。これは典型的な「ケインジアン」の理論である。
(b) 住宅ローンで損失をこうむった金融機関が、リスクを減らすために貸し出しを引き締め、実体経済に影響を与えた。今回の景気後退の中で金融機関が貸し出しを引き締めた証拠はあるものの、それがマクロ経済にあれだけのダメージを与えることができるのか?
(c) 銀行間の資金取引が円滑に行われなくなったことで、各金融機関が貸し出しを減らすこととなった。(b)と似ている。(b)と同じく、特にFRBが銀行間の資金取引コストを下げるべく介入している中で、このストーリーがそれほど大きな効果を実体経済に持ちうるのか?
(d) 資産価格が下落したことで、企業が保有する資産を担保に借り入れをすることが以前より難しくなり、生産が減速した。Kiyotaki and MooreやFinancial Accelerator(BGG)のモデルである。(b)や(c)と組み合わさる。
(e) 金融危機で、将来の経済状況に関する「不確実性(uncertainty)」が高まり、企業は長期のプロジェクトの実施を控え、消費者は大きな買い物(家など)を控えてしまっている。最近流行のuncertainty shockである。これについては、さまざまな研究が最近なされているので、また紹介する。

もっといろいろなことを網羅的にかつクリアに書こうと思っていたのだが、尻すぼみとなってしまった。残念だけど、現在の僕の理解はこの程度ということなのだろう。

What Do Budget Deficits Do?

最近EUを始めとして先進国での政府債務問題が深刻化している。では、政府が財政赤字を出すのは何が悪いのか。この問題に簡潔に答えたMankiwのペーパー("What Do Budget Deficits Do?" by L. Bell and N. G. Mankiw)を簡単にまとめてみる。このペーパーはカンサスシティ連銀で行われた会議での発表用に書かれたものであり、専門的な言葉をあまり使わずに書かれているが、内容は非常に深い。Mankiwの面目躍如である。特に、最後の、債務危機の部分は、現在ヨーロッパで起きている債務問題を予言しているようである。では、彼のペーパーを元に、政府の財政赤字が経済に与える効果を一つずつ見ていこう。

1. 「政府の財政赤字は国内貯蓄を減らし、投資の減少、あるいは経常収支の悪化となって現れる」

わかりやすく説明するために、マクロ経済の教科書の最初に出てくるGDPの定義から出発しよう。GDPをYとすると、GDPは以下のように表すことができる。
Y=C+I+G+X-M
Cは民間消費、Iは民間投資、Gは政府支出、Xは輸出、Mは輸入である。その一方、民間貯蓄SP、と政府貯蓄SGは以下のように定義できる。
SP=Y-T-C
SG=T-G
Tは税金の支払額なので、Y-Tは税引き後の所得である。そのうち消費(C)に使われなかった分が貯蓄(SP)にまわるのである。政府のほうは、税金の徴収額(T)のうち支出(G)されなかった分が政府の貯蓄となる。では、国全体の貯蓄Sは以下のように定義できる。
S=SP+SG=Y-T-C+T-G=Y-C-G
これに、最初に見たGDPの定義式を組み合わせると、マクロの始めによく見る以下の式が導出できる。
S=I+X-M
(ほかのものをすべて一定として)政府が支出(G)を増やしたり、税金(T)を減らすことによって、財政赤字を拡大させると、S(特にSG)が減ることになる。Sの減少は、上の式によると、I(投資)の減少か経常収支(XーM)の悪化か、その両方となって現れるのである。

アメリカの1960-81年と1982-94年を比べると、国全体の貯蓄Sが(年平均のGDP比で)約3%減少した。この3%の減少は、国内投資(I)の1%減少、経常収支の2%悪化、となって現れた。

但し、ここで注意しておかなければならないのは、政府が財政赤字を拡大したときに、民間主体の消費・貯蓄行動は変わらないと仮定していることである。逆の極端な例では、政府が財政赤字を拡大すれば、民間主体は将来の増税を見越して、同じ金額だけ貯蓄を増やすので、国内全体の貯蓄は変わらないということも理論的にはありうる。

2. 「財政赤字の増加に伴う国内投資の減少は、長期的には資本の蓄積を妨げ、GDPを減らす」
国内の生産に使われる資本は投資によって増加するものなので、投資が減れば、長期的には資本が減少し、GDPが減少することになる。

3. 「財政赤字の増加に伴う経常収支の悪化によって、GDPのより多くの分が海外に流出する」
経常収支が悪化するということは、海外の輸出者にお金が多く渡るということとである。彼らがそのお金を使ってアメリカ国内の資産を購入すればその資産のリターンは海外に出て行くことになる。海外の輸出者が株を買った場合を考えるのがわかりやすいと思う。株が海外でより多く保有されていれば、国内の企業の配当やキャピタルゲインのより多くが海外に出て行く。

4. 「財政赤字に伴う資本の減少は、長期的には価格の変化を通じて収入格差を拡大する」
長期的に国内投資が減少し、資本が相対的に希少になると、資本の生産性が上がる。労働力は相対的に希少でなくなるので、賃金は減少する。もし資本が比較的少数の人によって保有されているとすれば(この仮定は現実的である)、長期的には収入格差が拡大する。

もし現在の政府が財政赤字を出しているとしたら、将来の子孫に大して残すお金を増やすことは得策である。彼らは将来増税あるいは財政支出のカットに苦しむことになるので、遺産を増やすことでそれらの効果を和らげることができる。さらに、将来的には資本の生産性が上がることが期待されるので、子孫が貯蓄を多く持つことで、収入格差の拡大の恩恵を受ける側に行くことができる。

5. 「財政赤字の拡大は、将来的には税の引き上げか政府支出の引き下げを伴う」
財政赤字はいつか返さなければならないので、将来的には税率が引き上げられるか政府の支出が切り詰められることになる。税率の引き上げは手取りの所得が減るという直接的な効果に加えて、間接的にも経済に影響を与える。所得税の限界税率が引き上げられるとすると、労働や貯蓄に対するインセンティブを弱め、GDPをさらに引き下げることになるからである。

あるいは、支出が切り詰められると、政府が行っていたサービスが提供されなくなったり、もしかしたら年金や失業保険といった制度が支払うお金が切り詰められるかもしれない。

あるいは、政府は借金をロールオーバーし続けることができるかもしれない。これができた例は歴史上に多数存在する。しかし、将来の利子率(利払いは続けなければならないので利子率の水準は、破綻せずにロールオーバーし続けることができるかにおいて重要な要因である)や経済成長率がどうなるかを予測することは困難なので、債務を減らさずにロールオーバーし続けることに頼るのは危険である。

6. 「財政赤字の拡大は短期的には民間消費を増加させる」
財政赤字の拡大が、税の引き下げや、補助金の増額などによって引き起こされた場合、民間消費者の可処分所得(税引き後の収入)は増加する。もし、流動性制約に引っかかっている消費者がいるのであれば、彼らは消費を増やすことができる。

7. 「財政赤字の拡大は、将来の増税と組み合わせると、現役の世代から将来の世代へと所得を移転する」
財政赤字の拡大は、まず間違いなく、パレート改善(社会の全員の幸福度が同じか改善する)にはならない。よって、このような所得移転(4.で取り上げた、労働者から資本を持つ人への所得移転も同じである)は経済学の枠内で分析する際には、何らかの特定の価値判断に基づくものにならざるを得ない。極端な言い方をすると、経済学においてはこれがベストという答えはないので、どの所得移転が「望ましいか」は個々人の好み次第なのである。

8. 「財政赤字の拡大は何らかの負の外部性を引き起こすかもしれない」
資本の蓄積のスピードが遅くなることで、技術革新のスピードが遅くなり、生産性自体も低下するかもしれない。また、収入格差の拡大は、犯罪の増加などを引き起こし、資産を多く持つ人たち(彼らの収入は増えたものの)の生活にも悪影響を与えるかもしれない。

9. 「財政赤赤字の拡大が続くと債務危機が訪れるかもしれない」
3.で見たとおり、財政赤字が続くと、資産が海外に流出してゆく。これが続いていくと、どこかのタイミングで、海外の投資家が政府債務をこれ以上ほしがらない状況になることは十分ありうる。これが危機の引き金になることは十分ありうる。それとは別に、政府が政務をデフォルトする(返済をやめる)恐れが高まると、国内か海外かに関わらず、投資家は政府の債務を買いたくなくなり、危機の引き金となりうる。

現在までは、先進国において財務危機が起こったことはないが、これからはどうなるかわからない。戦争のない時期に、現在ほどのスピードで政府債務が蓄積された時代はないからである。それに、このトレンドが近い将来終わるかは定かではない。厄介なのは、過去の危機において共通しているのは、危機はだんだん盛り上がっていくのではなくて、急に訪れると言うことである。よって、予測は困難だし、起こったときにはもう手遅れである。

危機が起こると、何が起こるのだろう。ラテンアメリカなどの経験が必ずしもアメリカに当てはまるとは限らないということに注意してほしいが、ラテンアメリカでは次のことが債務危機に共通している。
(1) 政府の政府・民間に関わらず資産価格は大きく下落し、貯蓄も減少する。貯蓄が減少すると資本蓄積がさらに遅くなり、GDPが低下することになる。
(2) 国内の資産への需要が低くなると金利が上昇せざるを得ないので、投資はさらに冷え込むことになる。
(3) 為替レートが下落し、経常収支が急に改善するので、国内で非貿易財から貿易財への生産の急なシフトが起こり、非貿易財セクターでの失業率が上がる。
(4) 生産構造の急激なシフト自体が不況をさらに悪化させうる。
(5) 急激なインフレが起こる。これは貨幣価値の下落に伴う輸入インフレと、危機への対応のための金融緩和の二つが組み合わさって起こることが多い。
(6) 債務危機はしばしば金融危機を引き起こす。資産価格の下落が企業や銀行のバランスシートを悪化させるからである。多くの銀行や企業がそのための破産すると、不況はさらに悪化することとなる。