Rewriting US Economic History

ここ最近は今週水曜日に正式に実施されるアメリカのGDPの大幅な修正の話題で持ちきりだ。アメリカのGDPデータは1929年から存在するが、今回の修正によって、1929年以来現在までのGDPが大幅に変わると見られている(レベルは大きく影響を受けるものの成長率は大きく影響を受けないのではと予想している人が多いようだ)。例えばFTの記事(もしかしたらsubscriberじゃないと見られないかも)がよくまとまっている。FTによると、主要な修正点は以下の通り。
  1.  R&Dが投資に含まれることで、資本ストックの推計が大幅に変わる。Intangible Capital(無形資産)は推計が難しいので、これまでは資本ストックに含まれていなかったが、無形試算の重要性が年々高まる中、無形資産の価値も反映した資本ストックを推計しようという試みの第一歩である。
  2. 本、映画、音楽、TVプログラム、演劇等の生産も投資と分類しなおす。それによって、資本ストックの推計も大きく影響を受けるのでは。
  3. 国や、州、市がDefined Contribution Planのもとに約束している将来の年金の支払額も集計して公表する。デトロイト市の破産からもわかるように、これらの主体が約束している将来の年金支払額はこれらの主体のバランスシートの大きな部分を占めており、その金額を集計して公表することは、今後の社会保障政策の議論の方向性を変える可能性がある、とFTは指摘している。
日本でもこのような試みは行われているのであろうか?

Efficient Screening or Herd Behavior?

EconomistのEconomics FocusがFree Exchangeに変わって経済学に関するトピックの頻度が下がってがっかりしていたのだけれども、久しぶりに、最近話題の経済学のペーパーを取り上げるという、Economics Focus時代のスピリットを感じさせる記事があった。Kroft, Lange, and Notowidgdoによる最近のQJE論文、"Duration Dependence and Labor Market Conditions: Evidence from a Field Experiment"だ。

この論文は何をやったかというと、求人を出している企業に履歴書を送ったときに企業からコンタクトされる確率(コールバック確率)が失業期間によって異なるかを調べるために、失業期間以外はかなり似ている架空の履歴書を全国のたくさんの企業に送り、どの履歴書が企業からコンタクトされるかを調べたというものである。研究の内容以前に、架空の履歴書に書かれたそれぞれの電話番号をどのように手配したのかとか、そもそもこんなことやっていいのかなとかという方が気になっていた論文である。

もとの論文のグラフよりEconomistのグラフの方がきれいなのでそこから拝借する。平均的には、失業期間が8ヶ月までの間は、失業期間が短ければ短いほど企業からコールバック確率が高いことがわかった。いわゆる"Negative Duration Dependence"という現象が確認された。8ヶ月でコールバック確率が半分くらいになるというのはとても大きい。8ヶ月を過ぎると、コールバック確率はほとんど一定となる。更に、コールバック確率の低下は、失業率が低い年ほど大きいこともわかった。失業率が低いということは、労働市場がタイトということで、よい人材は失業者として残っている確率が低いから、失業期間が長い人は何らかの問題があると解釈されやすいというストーリーと整合的だ。逆に、失業率が高い状況下では、いろんな人が失業しているだろうし、能力のある人が不運によって長い期間失業していることもしばしば起こりうるので、失業期間のシグナルとしての役割は弱まると解釈できる。

Economist誌は、この結果をHerd Behavior (すべての企業が、他の企業が採用していないんだからたいしたことがないんだろうと判断してしまう結果、実際の能力に関わらず失業期間が長いというだけの理由で職が見つけづらくなる)と解釈しようとしているようだけれども、必ずしもここに非効率性があるとは限らないだろう。失業期間が長い人は実際に相対的に能力が低いから、失業期間の長さに応じてコールバック確率が下がることに問題はないと解釈しても何の問題もない。

日本で言えば、高校や大学卒業時の4月に就職し損ねると就職が難しくなるというような 現象が(実際に存在するとすれば)関連が深い。これも、このようなアレンジメントによって生み出される結果が効率的か否かを見極めるのは難しそうだが。多分そういう研究も進んでいるのだろう。機会があったら学んでみたい。

More Data to Macroeconomists!

この夏の学会で印象に残った研究について引き続き書いてみる。

個人の意思決定をモデル化し、その総量という形でマクロ経済を分析する という方法がだんだんと盛んになってきている。この背後にあるのは、年齢、年収、教育程度、性別、家族構成、といったさまざまな面で異なる個人の最適化問題を解いてシミュレートできる計算環境が整ってきたことが大きいが、このような発展と平行して、マイクロベースのマクロ経済の分析のために使えるマイクロデータの整備も進んできた。マイクロデータを見ることでどのようにマクロ経済に役立つか?一例を挙げると、所得移転によって総消費を刺激したい場合に、もしあるグループの個人の限界消費性向が高いことがわかれば、そのグループの所得を集中的に増やせばいいのである。このようなことは、マクロのデータだけ見てても(なかなか)わからない。

マイクロデータの整備という面で、この夏も、革新的な研究を目にすることができた。

まずは、"The European Household Finance and Consumption Survey - First Results" (by Michael Ehrmann and Jiri Slacalek)という論文について簡単に書いておく。さまざまな資産がどのような家計にどれくらい保有されているかというのはマクロ経済学のみならずファイナンスにおいても重要な情報であるが、これまでは、アメリカのデータ(Survey of Consumer Finances, SCFと通常呼ばれ、現在はFRBが3年に一回データを公開している)が他のものより優れていたので、アメリカの資産分布の研究の方が進んでいた。このような状況に対して、EU15カ国で、SCFと同じフォーマットで個々の家計が保有する資産を記録しようという試みが開始された。このデータセットはHousehold Finance and Consumption Survey(HFCS)と呼ばれる。このデータセットの第1回のデータが最近公開された。HFCSはEU15カ国の比較が容易のみならず、アメリカとの比較も容易にできるようにデータが整備されていることがすばらしい。いくつかの国においては消費のデータも含んでいたり、パネルデータになっていたりするので、ある面ではSCFより進んでいるともいえる。

EUがアメリカと比較しやすいデータを整備するというトレンドは他のデータセットでも見られる。50歳以上の個人の資産、所得、健康状態などを網羅的にカバーしているデータセットとして、アメリカではHRS(Health and Retirement Study)が非常に役に立つが、EU諸国でもHRSのEU版であるSHARE(Survey of Health, Aging, and Retirement in Europe)というデータセットが近年整備され、高齢化、健康に関する研究の発展に寄与している。

日本でもHRSに相当するデータセットはあるが、個人的な経験では 非常に使いにくい。もしかしたら他のデータにも当てはまるのかもしれないが、もっと使いやすいように整備してほしい。それに、日本もSCFのようなデータセットが、SCF(およびHFCS)と整合的な形で整備され、公開されると、日本でも資産分布に関する研究がいっそう伸びると思う。

もう一つ触れておきたい研究は、"Reality Economics: Using Naturally Occurring Data to Measure Income, Expenditure, and Wealth Accurately in Real Time" (by M. Shapiro, D. Silverman, S. Kariv, and S. Tadelis) である(このペーパーはまだ一般には公開されていないかもしれない)。これは最近流行りつつある、民間のデータを使うというものである。この研究で使われるデータセットは、「CHECK」というソフトウェア(アプ)が収集したものである。このアプは何をするかというと、個人が持っている銀行口座、クレジットカード口座、住宅ローン口座、年金口座、等のあらゆる口座を連結し、個人の総バランスシートを簡単に管理できるようになりますよというものである。著者らはこの会社がユーザーから集めた情報を入手し、例えば、不定期の収入(定期的な収入は銀行口座への定期的な入金の動きから把握できる)が(クレジットカードなどを通じた)消費にどのような影響を及ぼすかといった分析に使っている。もちろん、このようなアプを使う人だけがサンプルに含まれるのでおそらくはとても激しいセレクションバイアスがある等の問題はあるが、個々人がそれこそ秒単位でどのように消費の決定をしているかを正確に見られるという利点は捨てがたいものがある。この「CHECK」に対抗するサービスも存在し(最大のライバルはMint.comのようだ)、そのデータを使った研究も行われているそうだ。

このペーパーで印象的だったもう一つの点は、個人情報の割り出し方である。基本的にはこのアプのユーザーは年齢などの個人情報を入力しないことになっているが、ユーザーのメールアドレスやアプへのアクセスに使ったIPアドレス(それに名前も含まれるかも)を提供してお金を払うと、googleなどのサーチエンジンを使って個人の年齢、住んでいる場所、家族構成、などの情報を割り出してくれるサービスがあり、それを使って個人の属性を割り出したそうである。もちろんメールアドレスをもとにサーチすればかなりのことがわかってしまうのは驚くことではないのかもしれないが、ちょっと恐ろしい。

How to Justify Invisible Benefits/Costs?

雑感エントリを一つ。

普通の日本人が経済政策についてどのように考えているかはよくわからないのだけれども、twitterを時々眺めるとがっかりすることが多い。5分くらいパラパラ眺めてみたところ、以下のような政策を支持している人がとても多いようだ。
  1. とことん金融緩和。
  2. とことん財政支出拡大。
  3. 消費税増税反対(あるいは時期を遅らすべし)。
  4. 社会保険をより充実させるべし。
このような政策は、基本的には、政策の長期的な影響、ダウンサイドリスク、あるいはインセンティブへの影響、を無視した場合に支持しやすい政策である。例えば、IS-LMモデルを使って、現在の日本は「潜在的GDP」を下回っていると考えれば、1とか2とかいった政策は自然と出てくることになる。

一方、これらの政策に反対あるいは慎重になる根拠を探すことも簡単である。
  1. 現在の日本の状況においてそもそも金融政策は有効なのか?インフレ率が上昇し始めた場合にコントロールできるのか?
  2. 財政政策がどのくらい有効なのかもわからないまま拡大を続けた挙句、(多くが国内で保有されているとはいえ)先進国でダントツの国家債務/GDP比がどんどん上がっていってしまって、いずれリスクプレミアムが上昇し始め、返済できなくなるリスクは怖くないのか?
  3. 消費税は価格のゆがみという観点からは非常に優れた税制だから、できるだけ所得税を上げずに消費税を上げていくべき。所得税を上げたことで景気に強い影響を与えるという証拠はあるのか?
  4. 一般的には社会保険を充実させればさせるほどモラルハザードの問題が深刻化する。
もちろん、いろいろな効果を慎重に比較した結果、最初にあげたような政策を支持するに至ることは十分にありうる。但し、後半で上げたようなことを真剣に考えずに、最初にあげたような政策を支持しているように見える人はとてもじゃないけど、信用できない。特に、経済学者であればなおさらだ。

その一方、最初にあげたような政策の効果は比較的わかりやすいし目に見えやすい(見えていると思わさせることが多い)一方、後半で上げたような効果は計測しにくい。長期的効果を統一的に分析するために動学化され、ダウンサイドリスクを分析するために確率化され、インセンティブへの効果を統一的に分析するためにミクロ経済学と融合してきたマクロ経済学だけれども、目に見えにくい効果の大きさについて説得力のある議論がなされてきたかというと、努力が足りないのかもしれない。もう一つ加えるならば、(特にNK-)DSGEモデルは、長期的効果や、ダウンサイドリスクや、インセンティブに与える効果を分析しずらいものにしているという意味で、マクロ経済学を昔に逆行させている面もあると思う。

Are Fiscal Multipliers Really Larger in Recessions?

また久しぶりになってしまった。夏の学会シーズンも終わりつつあるので、この夏の学会シーズン中にみたペーパーで印象に残ったものについて軽く触れていくことにする。

このエントリで触れたけれども、Auerbach and Gorodnichenkoは一連の研究において、好況期と不況期では財政乗数が異なる、特に不況期(1.5)の乗数は好況期(0)のそれよりかなり大きいことを、アメリカおよび数多くの国のデータにおいて示した。これは、財政支出積極派にはとても好ましいニュースである。財政乗数はいつも変わらないという仮定のもとに財政乗数を推定すると、財政乗数はあまり大きくない(つまり財政支出がGDPに与える効果は小さい)ということになるのだが、財政支出が効果的であってほしい不況期には実は財政政策は効果的なのだ、といっているからである。

但し、この研究が注目を浴びて以来、逆の結果もいくつか提示されてきた。Owyang, Ramey, and Zubair (AER(最近注目のPPである) 2013、"Are Government Spending Multipliers Greater During Periods of Slack? Evidence from 20th Century Historical Data")はそのような研究のひとつである。彼らは、アメリカの四半期のデータ(1890Q1-2010Q4)を使い、財政乗数が失業率が高い(>6.5%)時期と低い時期で異なりうる形式のVARを推定し、財政乗数(1年後の乗数を示す)は好況期も(0.88)不況期(0.78)もほとんど変わらないことを示した。逆に不況期の方が乗数は低い(!)くらいである。彼らの推定した乗数は好況期も不況期も乗数はかわらないと仮定して推定された乗数(0.81)とあまり変わらなかった。

なぜAuerbach and Gorodnichenkoと違う結果になったのか?彼らの推定方法はAuerbach and Gorodnichenkoと異なる点がいくつかあり、それぞれがどれくらい影響を与えているかはこのペーパーでは分析されていないものの(多分NBER WPとかでは分析されていると思う)、大きな違いは彼らは(戦争に関する)ニュースをショックとして使っている点にあるようだ。Auerbach and Gorodnichenkoが使った、財政乗数を推定するスタンダードな方法は、単純に言えば財政支出とGDPを含むVARを推定するものであるが、これだと、財政支出に関するニュースを皆が事前に知っていて、労働供給を増やした場合(将来の増税に対するwealth effect)、その分が財政乗数としてカウントされてしまう(ので財政上数が大きくなりやすい)が、ニュース自体をショックとして扱えばそのような問題を回避することができるのだ。その一方、ニュースはきちんと計測されているかとか、戦争に関する支出の財政乗数しか測れないという問題があることは前にも書いたと思う。

 面白いことに、著者らはカナダについても同じ分析を行った結果、カナダの場合、不況期の財政乗数(1.16)は好況期のもの(0.46)よりかなり高い(乗数が一定のモデルの乗数は0.79)ことがわかった。なぜこのような結果になったかについての分析はなされていないが、カナダの場合、第2次世界大戦の周辺でしかニュースショックがないので、この時期の特殊要因だけによって推定値が決まってしまうという問題かもしれない。他の国についても同じような分析がなされれば面白い。

財政乗数をめぐる議論はまだまだ終わりそうにない。