Macroeconomic Analysis of the U.S. Healthcare Reform

アメリカに引っ越した多くが戸惑うものの一つが医療保険制度だと思う。日本では国民の大多数が医療保険に加入できていて(国民皆保険制度)、医療保険についてあまり考える必要がない気がするが、アメリカはその反対のように思われる。アメリカでは、保険によって診察を受けられる病院が異なるし、何がカバーされるかが医療保険のタイプによって異なるので、どれに入るかを慎重に選択しなければならない。また、医療を受ける際にも、何がカバーされるかを医療保険会社と交渉したり、保険会社の力量によって医療費が変わってきたりするようだ。

オバマ大統領は、アメリカにも国民皆保険制度(に近いもの)を導入すべく、Affordable Care Act(ACA)を導入した。一般的に言われていることは、これがオバマ大統領の最も重要な貢献であり、これの導入のためにpolitical capitalを使い果たした(人気がとても高かったころに共和党(の支持者)の反対にもかかわらずACAの導入を強行したので、これ以降大きな政策は何も実現できなくなってしまった)といわれている。ACAはさまざまな要素から構成されているが、その主要部分は2014年から順に実施されることとなっている。

このような大きな改革はもちろんマクロ経済にも影響を与えることが容易に想像されるので、僕も興味を持っていたが、いかんせん、制度が複雑すぎて、どこから手を付けたらいいかわからなかった。しかし、最近ACAを分析したペーパーが出てきているので、いくつか紹介しようと思う。

簡単に整理すると、現在の(ACA以前の)アメリカの医療保険制度は次のようなものである。
  1. 企業が医療保険を提供する。もちろん企業は提供しなくてもよい(が提供している企業に比べて魅力が大幅に劣ることとなる)。企業の従業員全体で保険の価格は同じ(community rating)、つまり、企業全体で健康リスクをシェアすることになる。医療保険のプレミアムは所得税が免除される。
  2. 働いている企業が医療保険を提供していなかったり、働いていない場合は、民間の医療保険を買うしかない。民間の医療保険は、健康状態等の個人の特徴に応じて価格が異なっている。また、保険会社は、すでに健康状態が悪い個人などは加入を断ることができる。医療保険に入っていなくて、慢性の病気にかかったりすると大変である。
  3. 収入がある水準(以下で取り上げるペーパーによると連邦政府が定める貧困線(federal poverty level)の64%、貧困線は単身家庭の場合、2013年で年収11490ドル=約114万円である)以下であったりする場合にはMedicaid(低所得者向けの公的医療保険)を受け取ることができる。
これに対して、ACAの全要素が実施されるとすると、医療保険制度は以下のようなものとなる(以下で取り上げるペーパーによる)。
  1. すべての人は医療保険に加入しなければならない。加入しないと、年間695ドルか収入の2.5%の高いほうの罰金を払わなければならない。
  2. 50人以上の従業員を有する企業は医療保険を従業員に提供しなければならない。これに反すると、従業員一人当たり毎年2000ドルの罰金を払わなければならない。
  3. 州ごとに医療保険取引所が設立される。取引所で買うことのできる医療保険の値段は、(年齢を除く)健康状態等の個人の特徴に関わらず同じでなければならない(age-adjusted community rating)。また、保険加入前の健康状態によって保険加入を断ることはできない。
  4. 貧困線の133%を下回る収入しか得ていない人はMedicaidを利用することができる。収入が貧困線の133%から400%の間の人は医療保険を購入する際に補助金を受け取ることができる。
  5. もちろん医療保険の補助金が導入され、Medicaidを利用することができる人が増えるので、より多くの財源が必要となる。他の支出が大々的に削減されない限りは(多分そんなことは起こらない)将来的には所得税の増税などが必要となるであろう。
このような改革に対して、どのような分析が重要であろうか?最も注目を浴びているのは最初の取り上げる点だが、それ以外にもさまざまな論点があるだろう。いかに思いつくままに列記してみる。
  1. 財政支出はどのくらい膨らむか?追加的な財政支出を所得税でまかなうとすると、所得税はどのくらい引き上げられなければならないか?
  2. どのくらいの人が医療保険でカバーされることになるか?
  3. どのくらいの人が民間の保険を買うか?
  4. どのくらいの人がカバレッジが拡大したMedicareを利用することになるか?
  5. 医療保険をオファーする企業の数は変わるか?
  6. 50人以上の企業にのみ罰則が導入されることから企業のサイズに影響を与えるか?
  7. 労働者の生産性に与える影響は?その影響は労働者のタイプによってどのように異なるか?
  8. 労働時間に与える影響は?その影響は労働者のタイプによってどのように異なるか?
  9. 貯蓄に与える影響は?その影響は労働者のタイプによってどのように異なるか?
  10. 最終的にGDPに与える影響は? 
  11. 経済全体の効用に与える影響は?
 最近のREDに掲載された"Quantitative Analysis of Health Insurance Reform: Separating Regulation from Redistribution," by Pashchenko and Porapakkarmは、個々人の生産性が異なる(よって労働収入や貯蓄が異なってくる)スタンダードなOLGモデル(ライフサイクルモデル)に医療支出に関するショックを導入し(北尾さんが開発したモデルがベースとなっている)、ACAの導入によって、無保険者の数がどのように変わるか、Medicaidの利用者数がどのように変わるか、労働供給やGDPがどのように変わるか、どのような人々がACAの導入で恩恵(被害)をこうむるか、等について分析した。僕が知っている限り、ACAをマクロ経済モデルで分析したペーパーの中で最もモデルがスタンダードかつ分析対象が包括的だと思う。

モデルをもう少し詳しく解説してみよう。まずはACAがない状態からスタートする。モデルはOLGで労働者は25歳でモデルの中に「生まれ」65歳まで働き、最長で99歳まで生きる。労働者には、生産性が高いグループ(大卒以上)と低いグループ(それ以外)がおり、収入は前者の方が高い。学歴が同じでも、個々人の生産性には毎年ショックが加わるので、各労働者の生産性は毎年異なる。各労働者は毎年、ある確率で、企業から医療保険のオファーを受ける。この確率は生産性が高い人ほど高く仮定されている。労働者は企業で働き、医療保険を買うことにした場合、翌年に受け取る医療費の一部分が保険でカバーされることになる。医療費はランダムで、健康状態が良い(悪い)と低めになる。また健康状態が悪い場合には生産性にも負の影響を与える。現行のアメリカの制度と同じく、医療保険のプレミアムは所得税がかからない。働いていなかったり、医療保険がオファーされなかったり、オファーされても買わなかった場合には、自分で民間の保険を買うか、無保険でいるか、所得が低い場合はMedicaidを利用するか、のどれかを選ぶ。翌年の医療費の一部分はどの保険を費用しているかに応じて異なる割合でカバーされる。同時に、労働者は、いくら貯蓄し、いくら消費に回すかも決定する。ライフサイクルモデルなので、労働者は退職後に備えて、年金を上回る分の貯蓄を行う。アメリカの個人所得税と同じように、個人の収入には累進的な所得税がかかる。

モデルは無保険者の比率などがデータと合うようにカリブレートされる。例えば、学歴が低いグループのうち、33%は企業が提供する保険に加入しており、6%は民間の保険を利用、40%は無保険、22%はMedicaidを利用している。学歴が高いグループでは、69%が企業が提供する医療保険に加入しており、8%が民間の保険、17%が無保険、7%がMedicaidを利用している。学歴(収入といってもよいだろう)の違いによって、どのような保険を利用しているかという状況がずいぶん違うことがわかるであろう。労働者全体では、企業が提供する医療保険に加入している比率が63%、民間の保険の利用者が8%、Medicaid利用者が9%、無保険者が20%となっている。この20%という無保険者の比率の高さがアメリカの医療保険制度改革ののモチベーションとなっている。

このようなモデルに、ACAを導入してみたどうなるか?このペーパーではACAのうち以下の要素を導入した。
  1. 医療保険に加入しないと、年間695ドルか収入の2.5%の高いほうの罰金を払わなければならない。
  2. 企業から医療保険を提供されない場合、community ratingの民間保険を購入することができる。
  3. 貧困線の133%を下回る収入しか得ていない人はMedicaidを利用することができる。収入が貧困線の133%から400%の間の人は医療保険を購入する際に収入に応じて補助金を受け取ることができる。
  4. 追加的な財源は個人所得税の累進性を高めることでファイナンスされる(つまり高所得者が負担する)。
 ACA導入前と導入後の経済全体の様子を比較したのが以下の表である。
ACA導入後(右の列)は無保険者(Uninsured)の比率が、20%から9%まで低下した。では主にどの医療保険に流れたかというと、民間の医療保険を利用している人の割合が7%から19%まで増加している。企業が提供する医療保険(ESHI)の利用者の比率は64.4%から62.5%に微減しているが、これは、働いている人の比率が90%から89%に下落していることと連動している。なぜ就労者の比率が下落しているかというと、Medicaidを利用するために働くのをやめていた低学歴の人々が働き始める一方、企業の提供する医療保険を利用するために(あるいみいやいや)働いていた高学歴の人々が働くのをやめ、後者の効果が前者効果を上回っているからだ。保険が充実すれば医療支出にそなえて貯蓄していた分がいらなくなるので、経済全体の貯蓄量(Capital)は減少する。よって、資本も労働も減少することからGDPは低下することになる。
こんどはACAの導入によって誰が得をするかを考えてみよう。CEVというのは、毎年の消費の何%の増加に相当するかいう形で幸福度(効用)の上昇を図ったものである。全労働者の平均としては、0.64%の毎年の消費の増加に相当する幸福度の上昇がACAの導入によって引き起こされるが、特に恩恵をこうむるのは低学歴者、および若者である。低学歴者が得をするのは彼らは拡充されたMedicaidや医療保険への補助金からメリットを受ける可能性が高いからである。ACA導入時には退職している世代が損をこうむるのは、彼らはすでに保険は公的保険(Medicare)でカバーされているので、ACAによって恩恵はこうむらず、増税によって損をするからである。
では、いろいろあるACAのどの要素が社会全体の幸福度の増加を生み出す主要な要因となっているのだろうか?子の疑問に答えるために、ACAの一部分だけ実施してみた仮想実験の結果が上の表にまとめられている。Only Distribution (4行目)というのはMedicaidの拡充(5行目)と医療保険への補助金(6行目)だけを実施したものである。CEVの数字を見ると、ACAの構成の引き上げ効果の大部分はこの二つによって生み出されていることがわかるであろう。CR(民間の保険におけるcommunity ratingの実施)や無保険者へのペナルティは大した影響はないというのがこの仮想実験の結果から読み取れる。結局は、ACAは高学歴・高収入者から例学歴・低所得への再配分政策を強化している(redistribution)という面が医療保険市場の規制(regulation)という面より重要だということだ。

このペーパーはとても包括的な分析を丁寧に行っていると思うが、ACAの分析という意味では、まだ欠けているところもある。例えば:
  1. 企業のサイズという概念がないので従業員50人の企業にのみ適用される、医療保険を提供しないことによる罰金の分析はできない。
  2. 企業が医療保険を提供するか否かは、外生的に与えられた確率に従っているので、ACAが実施された際に、医療保険を提供する企業の数が変わるかもしれないといったチャンネルは考慮できない。
  3. 失業のリスクが考慮されていない。 
 このような点を考慮した分析を行ったのが最近のNBER Working paper、"Equilibrium Labor Market Search and Health Insurance Reform," by Aizawa and Fangである。彼らのペーパーはとても複雑なので、細かい点までは立ち入れないものの、上で取り上げたペーパーに比較して次のような点で優れている。
  1.  企業の生産性が異なることで、異なる大きさの企業が存在する。よって、従業員が50人を上回る企業の医療保険提供義務の分析が可能である。
  2. 企業が医療保険を提供するか否かの決定も内生化されている。
  3. サーチモデルを取り入れることで失業者や、失業して保険も失うというリスクも考慮される。
  4. 労働者についてのマイクロデータと企業についてのマイクロデータの両方を使って転職も存在する複雑なモデルのパラメータが推定されている。
最初にあげたペーパーより細かくデータとあわせているという点はあるものの、マクロ的な分析という面では物足りない面も多々ある。以下に列記してみよう。
  1. おそらくデータとうまくあわせるためであろうが、高卒かそれ以下で、26-46歳の労働者しか考慮していない。ACAの影響を元も受けやすい人たちであるともいえるが、これはかなり少数の人に絞った分析だ。
  2. (所得が高い)高学歴の人がモデルの中にいないので上のペーパーで重要であった所得再配分というチャンネルは議論しづらい。
  3. そもそも、財政均衡が組み込まれていない(ように見える)ので、ACAの財源問題が考慮されない。言い換えれば部分均衡的な分析だ。
  4. 医療費のリスクを分析するため労働者はリスクを嫌う(risk-averse)ように仮定されているが、その一方労働者は貯蓄ができないと仮定されているので(もちろんできるなら貯蓄したい労働者が多いと思う)保険のメリットが誇張される。このようなモデルは、公共経済学ではショートカットとしてしばしば使われるが、マクロでは一般的ではない。保険のメリットが誇張されるので、幸福度(効用)の数字が普通より更に当てにならなくなる(とはいえ、高卒の労働者だけ見るのであれば、貯蓄している人は少ないという議論は可能かもしれない)。
  5. 労働者側の方は一部分の人しか見ていないけれども、多分企業のデータの方もそれにあわせて調整している(分析の対象となる人の雇用だけを見る)ようには見えない。調整するとなるとデータがちょっと不自然になるという面もあるのかもしれない。
  6. Medicaidが考慮されていない。最初に紹介したペーパーによると、低学歴グループのうち22%はMedicaidを利用しているにも関わらずだ。
このような点を差し引いても、いろいろ面白いことが起こっているモデルである。筆者らが強調するチャンネルは次のものだ。
  1. 転職(job to job transition)が考慮されているので、生産性が高く、高い賃金をオファーできる企業は生産性(および賃金)が比較的低い企業から労働者を引き抜くことができる。同時に、高い賃金をオファーしていると労働者を他社から引き抜かれる可能性が低い。更に、企業に働いていて医療保険でカバーされている労働者は比較的健康を維持しやすい(と仮定されている)。これらの結果、生産性の高い企業には長く企業で働いており比較的健康な労働者が集まることになる。この結果はデータと整合的だ。
このようなモデルの中でACAを導入した結果のうち主なものは以下の通りだ。
  1. 無保険者の比率は20%から7%まで下落した。ACAの中でこの下落に一番重要な役割を果たしているのは、最初に取り上げたペーパーと同じく、医療保険購入のための補助金である。
  2. 従業員数が50人以上の企業は少なくなった。これは従業員50人以上の企業に適用される医療保険提供義務の影響だろう。このような医療保険提供義務がなければより大きくなっているはずの企業のサイズが小さくなるので、労働者の平均的な生産性および賃金はマイナスの影響を受ける。筆者らの反実仮想実験によると、従業員50人以上の企業の医療保険提供義務はない方がACAによる平均的な効用は高まることがわかった。
  3. その一方、保険に加入することで健康状態が改善する労働者が増えるので、平均的な健康状態は改善する。
ACAはまだまだここで取り上げられていない要素も含まれており、より一層研究が進んでいくと思う。もう一つ付け加えると、最初に取り上げたペーパーは現代のマクロ経済学の最先端のツールをきれいに使って政策の分析を行っており、マクロ経済を専攻する学生が目標とするにはちょうど良いペーパーだと思う。

このエントリは非常に長いので、多々間違い等が見つかると思う。見つかり次第修正していく。

Minimum Wage and Profitability

時間がないのでイントロしか読んでいないペーパーについての本当に簡単な備忘録。最新のAEJ Applied Economicsに載っていた、"Minimum Wages and Firm Profitability," by Draca, Machin, and Van Reenenについてのメモ。最低賃金を引き上げたときに何が起こるかというのは、労働経済学において永久に決着がつかず永久に研究が続けられる質問のひとつのようだ。完全競争の仮定の下では、最低賃金が上がれば雇用コストの上昇を反映して、最低賃金に引っかかるような低賃金の雇用は減少する。反対に、完全競争が成り立っていない状況で、企業が完全競争で達成される雇用レベルより低い雇用を維持しているときには、最低賃金が引き上げられると逆に雇用が上昇するかもしれない。これまで、さまざまなデータを使って、最低賃金が引き上げられたときに雇用がどのように影響を受けるかという研究が進められてきたが、決着はついていないようだ。

このペーパーでは、雇用の増減という質問から離れた。企業が利益を上げていて、最低賃金の引き上げによって労働者に支払われる賃金が上昇した場合、企業は、生産する財・サービスの価格に転嫁するかもしれない。販売する財・サービスの価格に完全に転嫁できなければ、利益が圧縮されるはずである。これらは実際に起こっているかを検証してみたというものだ。

1999年の英国における最低賃金の引き上げを自然実験として使った結果、最低陳議員が引き上げられた際には、実際に賃金支払いは上昇し、企業の利益は小さくなることがわかった。その一方、雇用や生産性には影響を及ぼさなかった。利益が小さくなるという効果は、市場支配力が強い産業の方が大きかった。

筆者は、利益の縮小は、長期的には将来の参入の減少となってあらわれるだろうとイントロで書いている。それに加えて、おそらくは、利潤が縮小することで将来の生産性改善のための資金が減少し、生産性の上昇が抑えられるという効果もあるかもしれない。短期的に雇用が増えたか増えないかということだけ見ていてはいけないと考えさせられた。

Effects of Sales Tax Increase

消費税(Sales tax)を予定通り5%から8%に引き上げるかというのが大きな争点になっているようだ。消費税を引き上げたときに何が起こるかを過去のデータを使って分析したようなペーパーはあるか探してみたのだが、見つからなかったので、とりあえず、理論的に、どんなチャンネルが考えられるかをつらつらと書いてみる。

1.Old Keynesian View
マクロ経済学を1980年以前に学んだ場合、あるいはそれ以降のマクロ経済学の「発展」を無駄だと考える場合、考えられるチャンネルは:消費税引き上げ→可処分所得減少→消費減少→総需要減少→総需要の減少に対応して生産縮小→景気の悪化、というものである。おそらくは消費税を上げれば日本経済の景気が悪化するといっている人のほとんどすべての人はこのチャンネルを念頭に置いているだろう。このモデルは一期間モデルなので、長期的影響は考慮されない。

2.RBC View
こんどは、逆に、短期的影響を捨象して、長期的影響だけを見てみよう。消費税の最も重要なベネフィットは、所得税に比べて、労働のインセンティブあるいは消費のインセンティブを阻害しないという点である。所得税であれば根気多く働いた分のうちいくらかは税金として持っていかれるのでその分働く意欲が阻害されるが、消費税ではそういうことはない。(将来にわたって消費税率が一定だとすると)いつ消費しようが税金は同じだけかかるので、消費税の存在によって貯蓄行動がゆがめられることもない。長期的には、所得税が消費税に置き換えられると、国内の貯蓄が増加し、労働供給も増加するので、長期的にはGDPが増加するはずである。但し、「長期的」な効果なので、見えにくい(アピールしにくい)のと、所得税(あるいは他のインセンティブをゆがめる税が)が本当に将来引き下げられるか(あるいは人々がそう信じるか)というのが問題点だろう。

ちなみに、インセンティブという観点からすると、特定のものについて税率を下げるような政策はとるべきでないと思う。低所得者の方が買いがちなものの税率を下げて再配分効果を生み出すという観点は理解できるが、再配分効果の正攻法はこういう間接的な方法でない直接的な所得再配分だと思う。もちろん政治的に難しいということがあるのかもしれない。再配分がそんなに気になるなら、消費税引き上げを所得再配分の強化とセットにすればよい。いろいろな品目別の税率を導入すると税制の効率性も損なわれる。

3. Modern OLG View
最近のマクロモデルでは、長期的には消費税の引き上げのおかげで所得税が引き下げられるとしても、人々の時間は有限なので、その恩恵をこうむる人とコストをこうむる人が異なってくる可能性も考慮した分析が行われている。もちろん、親が子の幸福を自分のものと同じように考えればOLGではなくDynastic model (つまり2.のようなモデル)に戻るのだが、そうではないと仮定しよう。極端な例として、消費税が引き上げられるものの、政府の債務債務を減らすために所得税の減税は永久に行われないものとしよう。この場合、2.の効果によって長期的には賃金や利子率が上昇するとしても、消費税の増税による可処分所得減少の効果の方が大きい人々(退職者や比較的退職に近い人々はこのカテゴリに含まれる可能性が高い)は消費税増税によって損をする可能性が高い。将来の世代はそれによって恩恵をこうむるとしても、将来の世代は政策決定に携わっていない(投票権がない)ので、このような状況下では消費税の導入は政治的に難しいものとなる。

4.Redistribution View
これまでの議論では、世代の中で得をする人と損をする人がいることを考えてこなかった。消費税は消費し応じて一定の税率を納めるという、ある意味フェアな税だと思う(もちろん「フェア」の定義は人によって異なる)。なぜだかわからないが、所得に占める消費の割合が高いという理由で消費税は低所得者に厳しい税だと考える人もいるみたいだ。この、「消費税は再配分という観点から見て好ましくない」という考え方は、消費税が累進性の高い所得税に取って代わるという前提のもとで有効な議論な気がする。この点については3つコメントしたい。一つは、消費が現在少ない理由が若くて賃金がまだ低いというのであれば、将来この人は所得が上がるのだから、再配分を考える必要はない。言い換えれば、再配分政策を論じるときには、ライフサイクル全体を見た上で議論しなければならないと思う。二つ目は、消費税のようなインセンティブを阻害する効果が低い税制に置き換わることで、経済の構成員全体が、長期的には程度の差こそあれ恩恵をこうむる。三つ目は、上でも書いたが、もし、現時点での所得再配分の悪化が大きな問題なのであれば、消費税の引き上げと再配分の強化とうまく組み合わせればよい。

5.Borrowing Constraint View
上の4.と関連するが、もし貯蓄の少なくてお金を借りられない人が消費税の増税によって借りることができれば実現できた消費を実現できないとすれば、消費税引き上げの負の効果と考えられる。これもまた所得再配分によって助ける必要があるかもしれない。もちろんすべてのケースを考慮することは非常に難しいのだが。

6.Default Risk View
消費税引き上げに反対する人の中には、現在の消費税引き上げが将来の(所得)税の引き下げ、あるいは引き上げの回避、年金受給額の引き下げの回避、等のベネフィットを生み出すと考えられないのかもしれない。こういう長期的効果の計算はたくさんの仮定に依存するので難しい。こういう人を説得するためにちょっとでもできることは、例えば、現在消費税を引きあげると、例えば、将来の年金受給額の(回避不能な)引き下げがどのくらい食い止めることができるかを示したりすることではないだろうか(すでに行われているかもしれない)。

あるいは、ある人々は、どうせ日本政府は将来デフォルトするんだから、今多く払ってちょっと公的債務を減らしたところで最終的な結果は変わらない(外国の債権者の将来の損を減らしているだけ)と考えているかもしれない。どの時点で国家がデフォルトするかは(self-fulfillingな側面もあるので)僕らには正確にはわからないので、デフォルトを避けることがいかに重要か、現在の税率の引き上げがどのくらいデフォルトリスクの低減に貢献するかを地道に示していくほかはないのかなぁ、という気がする。

7.Business-Cycle View
人によって消費税の利点、あるいは欠点と考えるものとして、消費税の方が税基盤が安定している(景気変動に伴う動きが小さい)という点があげられる。景気が悪くなったときに税収が下がらないというのは、「自動安定化装置」としての役割が弱いということなので、景気の悪いときには減税・財政支出の拡大が好ましいと考える人にとっては、消費税のこのような特徴は好ましくない。反対に、景気が悪くなったときに税収が比較的下がらないということは、最近のヨーロッパのように景気が悪化したときに政府が債務返済問題に陥る可能性が低くなるということである。景気が悪いときに財政支出を増やす方が政治的に用意であるということを考えると、個人的には消費税の安定性は望ましいのではないかと思う。

8.Temporary Rise and Fall View
消費税が引き上げられる時には、その直前に消費が一時的に急上昇し、引き上げ後に消費は急に減少することが予想される。アメリカのCash-for-Clunkersが失効するときも駆け込み需要とその反動が発生した。これらは、超短期的な消費の増加が長期的な景気の行方に影響を与えない限り(そんなことはないだろう)心配するような話ではない。

これと関連して、一度に税率を引き上げるよりも、ちょっとづつ引き上げた方がよいという議論も目にするが、(3.の議論を別とすると)何らかの非線形性を仮定しないとこういう議論は正当化できないと思うし、段階的な引き上げの方が幸福度という面で優れているというモデルは僕は見たことがない。

9.New-Keynesian View
消費税率の引き上げという点に関する限り、New-Keynesianは基本的には、動学モデルでOld Keynesianの議論を行っているだけだと思う。総需要の減少から生産が一時的に減少するが、長期的には2.のポジティブな効果が現れると思う。それに、逆に、8.の効果が一時的な総需要の増加としてポジティブに働くかもしれない。いずれにしても長期的に見た効果はNKモデルが想定するさまざまな摩擦には影響を受けない気がする(がモデルを走らせて見ないとわからない)。

多分、ここで上げられているほかの効果もいろいろあると思う。抜けているものがあったら指摘してくれるとうれしい。

Curse of Ghibli

WSJに面白い記事があった。こういう、なんだかなぁというような話はhimaginaryさんにお任せなんだけれども、時にはいいだろう。日本に住んでいる人にとっては目新しい話ではないのかもしれない。

日本テレビがスタジオジブリのアニメーションを数週間に一回、金曜日に放映しているようだ。このときには、マーケットに悪いことが起こるといわれている。しかも、その放映日がアメリカの雇用統計の発表日(毎月の第1金曜日、ワシントンの8:30、夏時間だと東京の21:30)と重なると、特に悪いことが起きるといわれている。

2010年の1月以来、ジブリのアニメーションは24回放映されたが、そのうち75%においてはドルが円に対して下落した。株価(東京と思われる)との関連性は低く、株価が下落したのは半分だけだった。

ジブリのアニメーションが放映された金曜日に雇用統計が発表された過去9回のうち、8回はデータが(おそらくはコンセンサス予測より)悪かった。しかも、そのうち7回はドルが円に対して下落し、日本の株価も下落した。例えば、2011年7月8日に魔女の宅急便が放映されたときには、アメリカの雇用者数は予想より86%低かった。ドルは円に対して1.2%下落し、翌日の東京の株価(日経平均かな)は0.7%下落した。

 この話は、月の周期(特に新月)や太陽の黒点と株式市場に関連があるという、昔から信じられている仮説ととても似ている。日本ではバレンタインデーに株価が上がるといわれているらしい。

 ジブリの呪いの相関を利用して5回取引を行い、そのうち4回利益を上げた日本の主婦の話も引用されている。まら、Castle In the Sky(天空の城ラピュタかな)において、「Balus」というキーワードが出てくるときにマーケットが混乱するのを恐れて、その前に取引を終了することにしているというトレーダーの話も引用されている。

今日の金曜日は数年ぶりにラピュタが雇用統計の発表日と一致したので、多くのマーケットウォッチャーがマーケットの動きに注目している。

という話である。Economistもそうだけど、WSJのような新聞が時々こういう記事をまじめに書いたりすることは面白い。

最後にちょっとコメントを書くと、今度時間があったらデータを見てみようと思うが、そもそもコンセンサス予測は楽観的(つまり、実際の雇用者数より高めに予測していることが多い)だからこのようなことが起こるのではないだろうか。また、この話を読んだ友人の幾人かはマーケットの動きを調べて、この相関で儲けるためのアルゴリズムを考えてみるといっていた。こういうことが起こると、マーケットの動き自体が変わってしまうことは十分予想される。ここが、経済学が、天気予報や地震の予想よりずっと難しい理由だと思う。