On Regressivity of Consumption Tax

消費税の逆進性というのが話題になっていた。定率の消費税だとすると、消費の金額に対して、消費税学の比率は一定(消費額x消費税率)である。しかし、所得に対しての消費税支払額の比率を考えると、高所得者ほど所得のうち貯蓄に回す比率が高い(つまり、消費に回す比率が低い)ので、ある年の消費税支払額を同じ年の所得で割ると、その比率は所得が高い人ほど小さくなる。このことを逆進性というようだ。

この議論に対して、貯蓄した分はいつか消費するのだから、現在の所得と消費税支払額だけを見た逆進性には意味がないという議論がある。貯蓄というのは、将来退職後に所得が低くなったときに所得を補完するため(ライフサイクル動機)であったり、将来失業するなどして所得が低くなったときに所得を補填するため(予備的動機)にするのであるから、それらの将来に、所得に対する消費の比率が上昇した結果、所得に対して消費税支払額が上昇することも考えなければおかしいという議論である。

(*)もう少し具体的に言えば、所得を使い残すことがないと仮定すると、生涯全体で見た消費税の支払額(これは生涯全体の消費額に消費税率をかけたものだ)を生涯全体の所得額で割れば、みな同じ比率である、つまり、消費税には生涯全体で見れば逆進性も累進性(逆進性の逆)もないということになる。つまり、消費税というのは(みな同じ税率という意味で)「公平」な税なのである。

この議論に対して、さらに批判があるようなので、ちょっとだけコメントしてみたい。昨日、このサイトに書かれていた記事にコメントをつける形で書こうかと思っていたのだが、 そのエントリがなくなっていたので、つれづれとコメントを書く形式にする。

  1. 所得が高い人は、所得を使い残す、つまり遺産を残すことが多いので、上の(*)の議論は成り立たないという議論がある。しかし、マクロ全体で見れば、全国民の資産額は比較的安定している。つまり、、遺産を残す人もいれば、残すよりも遺産を受け取る側の人もいる。遺産の受け取り総額と遺産の総額はマクロで見れば同じような数字になっているはずである。個人のレベルでは、遺産を多く受け取った結果、生涯収入より生涯支出の方が多いパリスヒルトン型の「お金持ち」と、遺産受け取りは多くなかったけど収入が多かったので、遺産を多く残した結果、生涯収入より生涯消費が少なくなるビルゲイツ型の「お金持ち」がいる。もちろん、ビルゲイツ型は消費税の支払い比率が平均的な人より低いのであるが、同時にパリスヒルトン型の人が高い消費税率を支払っていることも見過ごしてはならない。ここからは価値判断になるが、個人的には、ビルゲイツ型(パリスヒルトン型)の人の消費税負担比率が低い(高い)というのは、労働のインセンティブという面から見ても、そんなに悪いことではないと思う。
  2. 極端なことを言えば、普通の人や、ビルゲイツ型の人、パリスヒルトン型の人(あるいはその子孫)が将来ほかのタイプになる可能性がある状況で、消費税の負担比率をそれぞれの家系(ダイナスティ)で計算すると、どの家計も長いスパンで見れば消費税負担比率は同じようになるということもできる。
  3. 言い方を変えると、ビルゲイツ型の人の消費税負担比率が低い(消費税は逆進的だ!)と文句を言っている人が多いというのは、そもそも、自分(あるいは自分が気にかける子孫等)が結構な遺産を残せるほどの金持ちにならないと信じているということであり、それは残念というか、そのこと自体も大きな問題であろう。
  4. 消費税が優れているのは、(特に生産の)インセンティブをゆがめないこと、景気の変動に対して安定して税収入が得られるということである。所得格差が問題だというのであれば、それは累進的所得税や社会保障制度の充実で対処すればいいのである(そういう意味で、消費税に軽減税率を導入するのは個人的には反対である)。所得が少ない人への所得移転の重要性はもちろん認めるが、どの政策をとっても、低所得者に不利だという視点を持ち出したり、低所得者への配慮とかを考えなければいけないというのは、ばかげていると思う。所得移転はそれに特化した政策で実施しないと、インセンティブや価格のシグナルをいろいろな形でゆがめ、かつ結局誰がどのくらい恩恵を受けているのかわけがわからなくなる。このことは日本だけはなくアメリカやその他の国の問題でもある。

Life-Cycle of Nobel Laureates

ちょっとは肩の力の抜けたものを書いてみる。

David Galensonは、さまざまな分野のアーティストが人生のどの段階で最も評価される作品を生み出すかを調べ続けていることで有名である。彼は、これまで、さまざまな芸術の分野において、ひらめきで勝負する「概念的なイノベーター」(最も典型的な例はピカソ)はキャリアの早い時期に最も評価の高い作品を生み出す一方、「実験的なイノベーター」(典型的な例はセザンヌ)は自分の技法を極めたキャリアの末期に最も評価される作品を生み出すことを示した。

今回紹介するペーパー(Creative Careers: The Life Cycles of Nobel Laureates in Economics)では、GalensonはBruce Weinbergとともに、経済学者、特にノーベル賞受賞者に焦点を当てて同じような分析をしてみた。

彼らは1926年以降に生まれたノーベル経済学賞受賞者で主に英語で論文を書いたものを分析の対象とした(よってAllais, Kantorovich, Koopmans, Seltenは含まれない。特に、論文のフットノートによると、Koopmansの最もcitationが多い論文がドイツ語で書かれた物理学の論文らしい)。まずは、経済学者のタイプを分類するために以下のような方法を用いた。
  • 論文の中で具体的な場所・時期・産業・商品に言及している回数が多ければ多いほどその学者は実験的なイノベーターである。
  • 論文の中に証明、仮定、公理、補題、定理、数式が多ければ多いほどその学者は概念的なイノベーターである。
これらの方法を元にノーベル経済学賞受賞者を分類した結果が以下のものである。
明らかだとは思うが、数字が小さいのが「実験的なイノベーター」(もっとも極端のはNorth, Fogel)で数字の大きいのが「概念的なイノベーター」(極端なのはMarkowitz, Debreu)である。まぁ、大まかに言って、実証系と理論系といっても差し支えないだろう。

彼らは、次に、個々のノーベル賞受賞者が最も引用される論文を生み出した年はいつごろか、その年(生産性のピーク)は経済学者のタイプによって異なるか、を分析した。下のグラフが、最も極端な「実験的なイノベーター」の生産性のピークを表している。
 丸で飾られた線は、それぞれの学者の平均的な引用数を2平均偏差以上上回る引用数を生み出す年の確率分布を示している。四角で飾られた線は、それぞれの経済学者の、引用数で見て最も生産的だった年の分布を示している。どちらの方法を用いても、「実験的なイノベーター」(実証系)のノーベル賞受賞者の生産性のピークは50代後半であることがわかる。では「概念的なイノベーター」(理論系)はどうだろうか。下のグラフを見てほしい。
 「概念的なイノベーター」(理論系)の生産性のピーク(最も引用される論文を書いた年)は20台半ばから終わりごろだというのがわかるであろう。

この論文のイントロでは、Larry Summersがハーバード学長だったときに、54歳の学者のテニュアを、「死火山」はいらないといって否決したという話が出ている。この話は極端な例だけれども、目的の異なる大学がどのような学者を雇うかを決める際に、このような傾向も頭においていてもよいのではないだろうか。

At the End of the Day, Weaker Assumptions, Weaker Results

僕の専門分野ではないが、とても面白いペーパーに遭遇したので、紹介してみる。専門家の人にもわかるように書くのが難しいのだけれども、トライしてみる。そのペーパーとは、Inference Based SVARs Identified with Sign and Zero Restrictions: Theory and Applications, by Jonas E. Arias, Juan F. Rubio-Ramirez, and Daniel F. Waggoner(以後はARWと呼ぶ)だ。

これも専門家でない僕が専門家でない人にわかるように書くのは難しいのだけれども、まずはバックグラウンドから紹介しよう。しばしば(マクロ)経済学では、最終的に知りたいことは、以下のような関係である。
  • ショック → 「BOX」 → データ
上の関係全体を「モデル」と読んでもよい。ここで、「ショック」というのは、例えば、税率の引き上げ(tax shock)、生産性の改善(TFP (Total Factor Productivity) shock)、人々が将来の見通しについて楽観的になるというショック(Mood shock)などである。「データ」というのは、データとして観察できるGDP、消費、株価、失業率、といったものである。「BOX」というのは、経済にあるショックが起こったときに、それぞれのデータがどのように反応するかを決めるチャンネルと考えてくれればよい。「BOX」の中身が推定すれば、例えば消費税率が1%引き上げられたときにGDPが何%変化するかを知ることができる。

では、この「モデル」はどのようにすればわかるだろうか?ひとつの方法は、消費者がどのように消費や労働時間を決定し、企業がどのように雇用や生産量を決めるかを明確に記述したモデル(「モデル」ではないことに注意)を作ることだ。モデルの中で消費者や企業がショックにどのように反応するかを記述すれば、そのモデルは「モデル」に解釈しなおすことができる。もし、モデルがいくつかのパラメータのみに依存するのであれば、そのパラメータをデータから推定すればよいということになる。DSGEモデルを推定するといった場合は、このようなアプローチを示している。DSGEモデルのパラメータを推定することが上の「モデル」の推定と同じことになる。

もうひとつの方法は、特に(DSGEのような)モデルを使わず、「BOX」をそのままデータから推定すると言う方法である。Christopher Simsはこういうアプローチを推し進めた中心人物である。このようなアプローチはどうして優れているのか?ぶっちゃけた話、すべてのモデルは間違っている。DSGEのようなモデルを使うということは、 何らかの面でおそらくは間違っているモデルを元に「BOX」を理解しようとすることである。そんなことをするよりは、モデルに依存せず(model independent)に、なるべくデータに忠実に「BOX」を理解しようというのがSimsのアプローチなのだ。

聞いたことある人もいるかもしれないが、Structural Approachというのは前者のようなアプローチ、Reduced-Form Approachというのが後者のようなアプローチを指すのに使われる(Reduced-Formというのはあまりい響きではないので、Reduced-FormというのはもしかしたらStructural Approachが好きな人が使う用語かもしれない)。

ただ、フリーランチは存在しないという言葉のとおり、モデルに依存せずに「BOX」を理解しようとすると、結局何もわからない(「BOX」の中身は何とでもなりうるのでショックがデータにどのように影響を及ぼすかについて精度の高い予測が生み出せない)ことが普通である。そこで、Simsは、できるだけどのようなモデルでも使われていて皆が同意している様な仮定を加えることで、「BOX」の精度を高めようとした。その仮定の置き方としては、あるショックに対してのあるデータの反応がゼロであると仮定する方法(Zero Restriction) と、あるショックに対してあるデータの反応は必ず正(あるいは負)であると仮定する方法(Sign Restriction)がある。最初のころはZero Restrictionのみが使われていたが、あるショックがあるデータにまったく影響を及ぼさないというのは強い仮定であり、Sign Restrictionの方が弱い制約であることから、こちらも使われ始めている。このような仮定を置いて「BOX」を推定する方法はSVAR (Structural VAR)と呼ばれている。ちょっと驚くべきことに、あまりたくさんの仮定をおかずに、強い結果が得られた例がいくつもあることから、SVARアプローチは人気がある。

そのような状況下、今回紹介するARWのペーパーは、Zero RestrictionとSign Restrictionの両方を使って「BOX」の中身(SVAR)を推定しているときに、推定の方法が間違っている故に、本来の結果より強い結果が出てしまっていることを指摘するものである。結局は、弱い仮定しか置かなければ、多くの場合は、弱い結果しか得られない、という至極もっともな結果を示している。

例を挙げた方がわかりやすいので、例を元に紹介してみよう。Beaudry, Nam, and Wang (2011、以後BNWと呼ぶ)は、Mood Shockがどのようにデータに影響を与えるかをSVARを使って推定した。一番簡単なバージョンにおいて、BNWが置いた仮定は、TFP(生産性)はMood shockにはすぐには影響を受けない(Zero Restriction)とMood shockが株価に与える影響は正である(Sign Restriction)というものである。彼らの推定結果は以下のグラフで示される。
上のグラフは、Mood shockが生産性(Adjusted TFP)、株価、消費、実質利子率、労働時間に度のような影響を与えるかという「BOX」の推定結果である。緑のエリアは誤差の範囲(68%信頼区間)を示している。Mood Shockは株価や消費に大きな影響を与え、誤差は比較的小さいことがわかると思う。この結果が影響力があった理由は、とても少ない量の仮定を元に「BOX」を推定すると、上のような強い結果が得られたからだ。その一方、ARWは、BNWの行った推定を「正しい」方法で推定しなおすと、結果は以下のようになることを示した。
最初に示した結果とは異なり、Mood shockが株価や消費与える影響は小さく、誤差の範囲も大きい。Mood shockが株価や消費に与える影響はゼロではないとは言い切れない、という結果となっている。

では、既存の推定方法のどこが間違っているのか?既存の推定方法では、Sign Restrictionを導入するときに、Sign Restrictionを満たさなければ、大きな罰が与えられるだけでなく(Penalty Function Approach)、Sign Restrictionを強く満たしてれば満たしているほど(つまり、上の例で言えばMood shockが株価に与える影響が強ければ強いほど)好ましいことになっていた。その結果、Zero RestrictionとSign Restrictionを満たす「BOX」の推定値は実際にはいくつも(というか推定値のセットはpositive measureである)あるにも関わらず、そのことが認識されず、かつ、2つのRestrictionを満たす「BOX」の推定値の中でもっともMood shockの影響が強いものが選ばれていたのだ。ARWによる「BOX」の推定結果はそれらの間違いを正したものである。結局は、弱い仮定しか入れないで「BOX」を推定すると、弱い結果しか出てこなかったのである。

詳細は省くが、もうひとつ挙げられている例として、Mountford and Uhlig (2009、以下MUと呼ぶ)による研究があるのでその結果だけ纏めておく。彼らは、政府収入と政府支出に関するショックがGDPや消費にどのような影響を及ぼすかを、Sign RestrictionとZero Restrictionを使ったSVARで推定した。彼らの結果で一番面白い(影響力がある)結果は以下のグラフの左側である。
左側の4つのグラフの右側だけ注目して欲しい。左側の4つのグラフのうち右上の図は、政府収入を変えずに、政府支出を1%増やした(つまり債務の増加によってファイナンスされている)時にGDPがどう影響を受けるかを示している。左側の4つのグラフのうち右下の図は、政府支出を増やさずに、taxを切り下げることで政府収入を1%減らしたときにGDPがどのように影響を受けるかを示している。Mountford and Uhligによると、政府支出を増やすとGDPが中長期的に減少する一方、taxを切り下げればGDPは増加するのである。この結果は、政府支出削減を支持する一つの根拠としてしばしば使われてきた。

しかし、ARWらによると、Mountford and Uhligの結果も正しくない方法で推定されたから強い結果が出ているのであって、正しい推定方法で推定すると結果は右の4つのグラフのようになる。正しい推定方法によると、データは、政府支出の増加あるいは政府収入の切り下げがGDPに与える影響が大きいとは言えず、推定誤差もとても大きい。つまり、Mountford and Uhligのアプローチでは政府支出の増加あるいは政府収入の切り下げがGDPに与える影響について何もいえないということである。

もちろんほかのアプローチを使って、Beaudry, Nam, and Wang (2011)や Mountford and Uhlig (2009)の結果が正しいと示せるかもしれないが、影響力のある結果を覆したことと、SVARがもしかしたら巷で思われているほどにはパワフルでない(少ない仮定から強い結果を導けるものではない)ことを示していることから、とても面白いペーパーであると思う。

Peril of Taylor Rules

前回のポストで紹介した記事の中では、St. Louis FedのBullard総裁がBenhabib, Schmitt-Grohe and Uribe(以下BSUと呼ぶ)の複数均衡の結果はゼロ金利制約下の金融政策を論ずるにあたってもっと認識されるべきだと述べていた。BullardはBSUのモデルについて、St. Louis Fedが一般向けに出版しているReviewという雑誌中の記事で説明・議論している(Seven Faces of "The Peril")ので、それを簡単に説明してみる。

まずは、BSUの結果を簡単に説明してみよう。金融政策を論ずるのに使われる大体のマクロモデルではフィッシャー方程式という関係が成り立っている。簡単に言えば、それは以下のようなものである。
  •  名目金利=実質金利+期待されるインフレ率
上の式は、僕らが普通に目にしている金利(名目金利)というのは、インフレによる影響を除いた実質金利が上がれば同じように上がるはずだということと、将来期待されるインフレ率が上がれば、モノの値段が上がるということなので、名目金利はその分も考慮して上がらなければならない、ということを示している。では、期待されるインフレ率が一定な状況を考えると、上の式は以下のようになる。
  • 名目金利=実質金利 +インフレ率
もうひとつ、金融政策を論ずるのに使われる大体のマクロモデルに共通の式として、金融政策を定式化したテイラールールというものがある。テイラールールというのは、中央銀行が経済状況に応じてどのように名目金利(アメリカで言えばFed Funds rate (FFR))を誘導するかを簡潔に示した式である。これは簡単に書くと以下のような形をとる。
  • 名目金利=実質金利+インフレターゲット+1.5x(インフレ率ーインフレターゲット)
簡略化のため、実質金利というのは、国の技術レベル等に依存して金融政策の影響を受けないと考えておこう。まずは、この式を理解するために、インフレ率が中央銀行が持っているターゲットと一致しているとまずは考えてみよう。すると、最後のちょっと複雑な部分はゼロになる。よって、このような状況では、中央銀行が誘導する名目金利は実質金利(これは中央銀行のコントロール外にある)とインフレターゲット(これは事前に決められている)の和になる。

では実際のインフレ率がターゲットを上回っているとしよう。例えば、インフレ率が3%、ターゲットが2%だとする。このとき、1.5x(インフレ率ーインフレターゲット)は最初のケースのゼロから1.5%になる。テイラールールの1.5という数字は、実際のインフレ率(3%)がターゲット(2%)より上回ったら、その幅(1%)より大幅に(50%増し)名目金利を引き上げるということを示している。言い換えれば、経済が過熱してインフレ率が上がってきたときには、経済を元の安定した状態に戻すために、インフレ率の上昇分以上に名目金利を引き上げて過熱した経済の熱を覚ますという、積極的な安定化政策を表している。逆に、経済が不況に陥って、インフレ率が下がってきたときには、経済を刺激するために、インフレ率の下落分よりも大幅に名目金利を引き下げるという中央銀行の積極的な姿勢を示している。

では、BSUやBullardの例に習って実際に数字を当てはめてみよう。ここでは、以下のように数字をセットしてみる。以下の数字はすべて年率である。
  • インフレターゲット=2%
  •  実質金利=0.5%
このように数字をセットすると、フィッシャー方程式とテイラールールは以下のようになる。
  • 名目金利=0.5+インフレ率
  • 名目金利=2.5+1.5x(インフレ率ー2)
これらは二つの式が2つの変数(名目金利とインフレ率)を含んでいるので、2つの変数について解くことができる。ここで、もうひとつ重要な要素を加えてみよう。中央銀行が決める名目金利はゼロを下回ることができないとする。まぁ、これは納得のいく制約だろう。金利がゼロを下回れば、タンス預金の方が得だからみなタンス預金をしてしまうので、事実上金利はゼロより下げられないからだ。かしこまって言うと、この制約は「ゼロ金利制約(Zero Lower-Bound, 略してZLB)」といわれる。 上の式で言うと、テイラールールで決まる名目金利がゼロを下回るときには、実際の名目金利はテイラールールに従わずゼロにとどまるということである。

では、 フィッシャー方程式とテイラールールとゼロ金利制約を図に描いてみよう。
X軸はインフレ率、Y軸は名目金利である。水色の線(図中ではFE)がフィッシャー方程式、ピンクの線(図中ではTR)がゼロ金利制約のないテイラールール、緑の線(図中ではTR*)がゼロ金利制約のかかったテイラールールである。上の図から以下のことが読み取れる。
  • ゼロ金利制約がない場合は点Aのみが フィッシャー方程式とテイラールールを同時に満たす名目金利とインフレ率のペアである。図で言えば、水色の線とピンクの線の交点である。上であげた連立方程式を普通に解くと、インフレ率は2%、名目金利は2.5%になる。インフレ率がターゲットから乖離すると中央銀行が積極的に介入して経済を元の状態に引き戻すと仮定しているので、安定した状態においては、経済は、ターゲットしたインフレ率にとどまる。
  • 面白いことに、ゼロ金利制約がある場合は、解(ゼロ金利制約のかかったテイラールールとフィッシャー方程式の交点)が二つ存在する。点A(この点は最初のケースと同じ)、と点Bである。点Bが解になるのは、ゼロ金利制約によって、テイラールールがゼロで曲がるからである。
  • 一般的に使われるDSGEモデルでは、経済は点Aの周りを動くだけと仮定されている。図で言えば点Aの周りの円の中のみ経済が動くと仮定されている。よって、点Bの存在自体が無視されてしまう。こういうモデルは、そもそもゼロ金利制約に直面している経済(最近の日本経済)の分析にはそぐわないといえる。もちろん点Bの周りだけを考えることはできるが、点Bと点Aの間を行き来するようなダイナミクスは作れない。
では、Bullardの論文から、上の図(よりもうちょっと複雑だけどエッセンスは同じ)とデータを比べた図を引用してみよう。
緑の点が日本、青い点がアメリカ、どちらも2002-2010年のデータである。図中の赤線がフィッシャー方程式(前の図の水色の線に相当する)、黒線がゼロ金利制約のあるテイラールール(前の図の緑の線に相当する)である。テイラールールが滑らかになっている点が前の図と異なるが、大まかには前の図と同じであることがわかると思う。面白いのは、単純なモデルから描いた図なのにも関わらず、アメリカは点Aの均衡(の周り)、日本は点Bの均衡(の周り)、という風に、うまくフィットしているところである。潜在的には、アメリカも日本も点Aの均衡と点Bの均衡に落ち着く可能性があり、日本は実際に(デフレ、ゼロ金利)を実現する点Bに行ってしまった一方、アメリカは近づきつつあるものの(この図では2010年のデータまでしかないがアメリカも日本に近づきつつあることがわかると思う)まだ何とか持ちこたえていると解釈することができる。

BullardはReviewに掲載された論文の中でこのモデルに関していくつかの議論を展開している。その要点は以下のとおり。
  1. 日本経済は特殊であり、アメリカ経済を同じフレームワークで分析する必要はないという人が多いが、そのような「denial」は危険だ。ゼロ金利制約は実際に存在する。
  2. 点Aの均衡は安定しており、点Aの均衡の近くに経済がとどまる限り経済は自然に点Aに戻ってくると考える人も多いが、これも、「denial」の一種だ。モデル上、どの均衡が安定しているかは様々な仮定に依存する。それに、日本という例があることを認識しなければならない。
  3. 上の図からわかるように、2003-4年頃にはアメリカ経済も点Bの均衡の方へ近づいていった。結局経済はその後点Aの方に戻ったが、このことは、経済が点Aの周りで安定していることを示しているとは限らない。St. Louis FedのThorntonは、2003年ごろのFOMC(アメリカの金融政策を決定する会合)において、インフレターゲットを事実上高めるような意図が表明されたおかげで、インフレ期待が高まり、点Bへの移行を避けることができたと論じている。
  4. もし点Bに行くことを避けたいのであれば、中央銀行はゼロより高い下限金利を設定することができる。例えば下の図を見てみよう。「インフレ率が0.5%を下回ったら名目金利は1.5%に設定する」という政策が実施できれば、点Bは消滅し、点Aだけが均衡として残ることになる。フォワードガイダンス(将来の金融政策について約束すること)はこのような政策と似ている面がある。但し、もしかしたら、インフレ率0.5%のところで、不安定な均衡が残る可能性も排除できないかもしれない。
  5. 同じようなアイデアとして、「名目金利は2%以下には下げない」という政策を実施したらどうなるか?以下の図がそのような状況である。点Bに相当する均衡は残るものの、その均衡は点Aと近いので、どちらの均衡に経済がいようがあまり関係ないという状況が達成できる。イングランド銀行は314年間名目金利を2%以下にしたことがないが、イングランド銀行の政策は以下の図によって解釈できるかもしれない。
  6. 金融政策を変えなくても、財政政策によって点Bの均衡をなくすことができるかもしれない。例えば、経済が点Bに近づいてきたら政府が財政支出を急拡大するという政策を採れば、点Bの均衡をなくすことができるかもしれない。この政策の問題点は、このような無責任な政策が人々に「信用される(credible)」かということと(信用されなければ政策は効果がない)、そもそも政府の債務が膨らみ続けている状況でこのような政策が可能かということである。
  7. Quantitative Easing (QE)は長期の国債を購入することによって、将来のインフレ率に関する期待を高め、経済を点Bの均衡から遠ざける役割を果たすことができるかもしれない。但し、重要なのは、マネタリーベースを拡大した後で、すぐには縮小しないと人々に信じさせることである。QEが日本でうまく効果を発揮しない一方(この論文は2010年に書かれている)、アメリカやUKで効果があるように見えるのは、中央銀行が点Bの均衡を避けるために拡張的な金融を取り続けると人々が信じていたからではないか。
  8. 名目金利をゼロに維持するというフォワードガイダンス政策は諸刃の剣である。このような政策は点Bに経済が停滞し続けることとも整合的だからだ。
最終的に、これらの議論を元に、Bullardは、経済が点Bに移行するのを避けるためにはフォワードガイダンスよりもQEの方が効果的であると述べている。