Economist on Japanese Pension Fund

Economist誌が、日本の年金基金の運用に関する記事を載せていた。この記事によると:
  1. 日本の年金基金の規模は129兆円で(2013年GDPの約27%)、世界最大の公的基金である。
  2. 過去12年の平均リターンは年率1.54%と、非常に低い。
  3. ポートフォリオの半分以上は国債。Wikipediaによると2012年末時点の内訳は国内債券60.14%、国内株式12.92%、外国債券9.82%、外国株式12.90%、短期資産4.23%。
  4.  現政権の意向を反映してか、国内株式のシェアは下がっている。Economistによると2013年3月末には62%だったシェアは2013年末には55%まで引き下げられた。
  5.  このシフト、及び、このシフトによって誘発された他の年金基金のポートフォリオのシフト、が、株式市場の好況を生み出した一因かもしれない。
  6.  その一方、国債への投資の減少が、国債の価格を下落させることになる懸念もある。現在は、日本銀行のQEによって買い支えられているものの、この政策がいつまで続くかはわからない。経常収支が赤字基調になっていることも、国内投資家による国債への高い需要がいつまで続くかについての懸念を強めている。
  7. 日本とは対象的に、カナダやオーストラリアの年金基金はより多くを株式に投資し、よりアクティブな運用を行っている。
  8. 日本の年金基金の改革が難しい理由の一つは管轄する厚生労働省の抵抗である。

この記事は年金基金のポートフォリオが株式によりシフトすべきというような論調で書かれているように見えるが、それが望ましいのか?
  1. 記事にもあるとおり、年金基金の残高は減少基調にある。ベビーブーマーがどんどん退職し、平均寿命も延び、少子化が進んでいることから、当然だ。こういう状況で、平均リターンを高めるためにより多くのリスクをとるというのは望ましいポートフォリオシフトなのだろうか。
  2. カナダやオーストラリアは比較的若い国であり、年金基金の状況は、日本と大きく異なるかもしれない。
  3. 一般的なライフサイクルモデルによれば、退職後は貯蓄の投資パフォーマンスに所得が大きく影響を受けるので、リスクを避けて国債などの債券への投資の比率を高めるのが望ましい。日本の状況というのはこのような退職者のポートフォリオ決定理論に従うべきと思われる。
  4. そう思う理由の一つは、株式市場の不況で年金基金が大損した場合に、誰がその損を埋め合わせるのかと考えるからだ。おそらくは年金を減らすということは起こらずに、税金から補填するという方向になるだろう。つまり、年金基金のデザインの問題(収入より支出が恒常的に多い)を、働いている世代にリスクを負わせることで解決しようとしているように見えるからだ。
  5. それに、記事にもある通り、国債の価格の維持のほうが数%の平均リターンよりすっと重要だという議論は容易に成り立つと思う。
  6. そもそも、日本の株式のリスクプレミアムはどれくらい高いのだろうか?海外通貨建ての資産のシェアを高める際にとらなければならない為替リスクはどの位なんだろうか?

Random Thoughts

最近の日本の経済政策についてのrandom thoughts。
  1. 消費税の税率引き上げが近づいている。現実をわかっていない僕のような経済学者にはその効果を数量化する能力も時間もないけれども、消費税増税の直前には駆け込み需要で消費が(消費税増税がなかった時に比べて)上昇し、消費税の増税後は、駆け込み需要の反動で消費が(消費税増税がなかった時に比べて)落ちるはずだ。政府は消費税増税のインパクトを和らげるために財政支出を拡大を決定したようだが、そもそも、財政状況の改善のために増税するのだから、財政支出の拡大の効果が消費税増税の効果を打ち消すほど強いわけがない。
  2. しかし、消費税の増税は今月や来月のGDPを高めたり、失業率を下げたりすることが目的ではないのだから、まともな経済学者であれば、そんなものに一喜一憂する必要はない。ああ上がった、ああ下がったと確認できれば十分だ。
  3. 各家計がどのように消費を調整したかというマイクロデータは、家計の消費決定プロセスへの理解を深めるためにとても有用だと思う。そして、そのようなデータを使った研究が出てきて欲しい。
  4. おそらくは、増税の恩恵をこうむる世代は現在の世代でないか、あるいは増税の恩恵はわかりにくいものなので、消費税の増税によって少なくとも(消費者が認識する)生涯の可処分所得は減少し、民間総消費のパスは増税前より下にパラレルシフトすることとなるだろう。ただ、その効果が経済の成長率に影響を与えるかはわからない。個人的には成長率のトレンドは影響を受けないのではないかと思う。そうだとすると、消費税増税の効果は消費のパスの下方へのパラレルシフトだけなのではと推測する。
  5. 消費税増税によって達成できることのひとつは、既に退職した世代への(税引き後の)所得移転(年金)の減額だ。もし、既に引退した世代からまだ引退していない世代への所得移転という効果を強めたいのであれば、財政支出の際に、公共投資のようなものではなく、退職前の世代に直接お金が行くような形態を取るのが効果的だ。
  6. あまり意見の統一が見られない経済学者であるが、「消費税の軽減税率は好ましくない」という点については、たぶんかなりの経済学者の間で意見の一致が得られるのではないかと思う。こういうときにこそ、皆が声をひとつにして政府・世論に働きかけるべきだと思う。小さいことかもしれないけれどできることからやらないと。
  7. 政府が私企業に対して名目賃金の引き上げを要請したり、私企業の賃金引上げ率を公開して引き上げ率が低い企業にプレッシャーをかけるというのはやめて欲しい。日本の経済政策はそもそも世界に誇れたものではまったくないが、私企業の意思決定に政府が介入あうるというのはおかしいと思う。
  8. それに、物価水準が上がっても、名目賃金も同じように上がったら、いわゆるニュートラルな状況になって、実質賃金を引き下げて雇用や投資を刺激するという目的が果たせないのではないか。どちらかというと、名目賃金を上げないように私企業に要請すべきだと思う。名目賃金が下方硬直的で、かつ首も切りづらいという経済なので、インフレ率が低いと生産性の低い労働者の実質賃金も下げられないし、そもそも企業の業績が悪くても容易には人件費を引き下げられないというところに問題があると思うのだが。インフレの恩恵は生産性の高くない企業が実質賃金を比較的簡単に下げられる、あるいは生産性の高い労働者と低い労働者の間の実質賃金の差をつけやすくするということだと思うのだが。
  9.  所得が低い人、社会的弱者への所得移転をもっと増やすべきだということを声を大にしていっている人が多い。もちろん、こういうことをいえば、冷徹な経済学者と違って、自分は所得が低い人への配慮もちゃんとしている、というアピール度が高いことはわかるので、経済学者ではない人がそういうことを言うのはかまわない。でも、(きちんとした)経済学者が、そういう政策を実施するコストにも言及せずに、弱者を守ろうみたいなことだけ主張するのはおかしいと思う。所得移転を手厚くするためにはどこかから財源を持ってこなければならない。誰の税率を高めるにしても、生産拡大や技術革新のインセンティブを何らかの形でゆがめることになる。所得が低い人が努力するインセンティブも何らかの形でゆがめられるかもしれない。そういうことを勘案した上で、まだやるべきというのはかまわないが、ただ単に所得移転を拡大して可処分所得の平等性を高めましょうというのはちゃんとした経済学者の態度ではないと思う。
  10. 金融緩和の主要な恩恵が、円を減価させるということであれば、財政政策が緊縮的な状況下、今後もがんがん緩和するのかもしれない。しかし、通貨を安くして輸出を増やそうというのは、いかにもどこかの発展途上国のような政策だ。

Credit Crunch in Heterogeneous Agent Model

今回は、Guerrieri and Lorenzoniによる"Credit Crises, Precautionary Savings, and the Liquidity Trap" (NBER WP 2011)を簡単に扱う。アメリカのGreat Recessionは住宅価格が急落したことで、住宅を担保に借りるモーゲージローン、特に頭金が極端に小さいサブプライム型のモーゲージローン、の条件がきつくなったことが原因と見る人が多い。住宅を担保に借りられる金額が急に減少したことで消費を切り詰める家計が大量に発生するとともに、現在はモーゲージローンを借りていない家計も用心のために消費を切り詰めた(precautionary saving)というのがロジックである。家計が消費を切り詰めたことで総需要が減少し、経済が不況に陥ったと考えるのである。

このようなチャンネルはいわゆるRepresentative Agent (RA)(代表的個人)を仮定する単純なマクロモデルではキレイに再現できない。すべての家計が同じなので、借り入れをしている家計がいないからである。RAモデルを使ってクレジットクランチのようなものを引き起こしたい場合、家計が将来のutilityを割り引くのに使う割引率が急に低くなった(ので家計は消費を減らし、貯蓄を増やした)という仮定が使われるが、所詮アドホックな仮定であり解釈が難しい。

もし貯蓄している家計と借り入れしている家計の2タイプがいるモデルを作ったとしても(IacovielloのAER(2005)のようなタイプのモデルを想像してほしい)、こういうモデルではクレジットクランチが起こったときに借りすぎていたので、消費を切り詰めなければならない家計はあまり多くない状況になりがちである。そうであれば、借入可能額が急に縮小しても経済全体に与える影響は小さいものに収まる可能性が高い。

逆に、Heterogeneous Agent (HA) が存在するモデルを使うと、クレジットクランチ(急激な借り入れ可能額の縮小)によって総消費が急に縮小するような状況も比較的容易に再現できる。今回取り上げるペーパーでは、様々なバージョンのHAモデルを使い、クレジットクランチがどのようにマクロ経済に影響を与えるかを分析した。以下では、彼らのモデルを簡単に紹介した後で、彼らが得た結果を一つずつ簡単に要約してゆく。

 彼らのモデルは、典型的なBewley-Huggett-Aiyagariモデルである。このモデルには無数の消費者が存在しており、それぞれの消費者は労働生産性と資産保有額の面で異なっている。各期各期に、消費者は、何時間働くか(そして何時間余暇を楽しむか)、いくら消費財を購入して消費するか、いくらの資産を将来のために残しておくか、を決める。生産性はランダムに変化する。生産性が低いときには、資産があれば資産を減らすことで消費を落とさないようにすることができる。資産があまりなくても、借り入れができれば借り入れをすることで消費を補填することができる。あるいは、生産性が低くても長時間働くことで労働収入を維持することもできるが、逆に、労働を減らして余暇を楽しむ時間を増やすことで、消費の減少を余暇で補うことも可能だ。借り入れができる限度額は外生的に決められている。彼らのメインの実験は、この借入限度額が急に引き締められたときに、マクロ経済がどのように反応するかというものだ。賃金は生産性と比例している。(実質)金利は、借り入れをしたい人の借り入れ総額と、貯蓄をしておきたい人達の貯蓄総額が一致する(資産の需要と供給がバランスする)ように決定される。彼らはこのベースとなるモデルからスタートして、後半には新しい要素(住宅を担保とするローンやゼロ金利制約)を導入してゆく。

では彼らが得た結果を要約していこう。
  1. 予測されなかったクレジットクランチが起こり、家計が借りられる金額が急に縮小すると、ぎりぎりまで借り入れを行っていた家計は当然借入額を減少させなければならない。それと同時に、借り入れしていなかったり、ぎりぎりまで借りていなかった家計も、借り入れ可能金額の縮小を反映して、貯蓄を増やそうとする(precautionary saving)。このような状況では、金利が急激に下がる。金利が下がらないと、借り入れを減らしたい、あるいは貯蓄を増やしたい家計ばかりがいる状況下で、資産市場の均衡が保たれないからだ。但し、長期的には、新しい借り入れ制約に鑑みて十分な貯蓄を蓄積した家計は貯蓄のペースを緩めるので、均衡金利は上昇してゆく。以下のグラフの左上の図は借り入れ上限額の変化、左下の図は均衡金利の動きを示している。右上の図は、家計が借り入れを減らすことで経済全体の債務-GDP比率が減少してゆく様子を示している。
  2.  クレジットクランチが起こった場合、家計は、消費の切りつめによる貯蓄の増加(借り入れの切り詰め)と、労働時間の延長を行う。その結果GDPがどのように動くかはどちらの効果の方が強いかしだいであり、モデルがどのようにカリブレートされたかによる。彼らのカリブレーションでは、最初の効果(消費の減少)が勝ったので、GDPが下がることとなった。上のグラフの右下の図がGDPの動きを示している。とはいえ、GDPの低下度合い(1%)はGreat RecessionにおけるGDPの縮小度合い(8%という計算がある)に比べるととても小さい。
  3. ゼロ金利制約のようなものがあって、金利がある下限より下には下がらないという仮定をベースのモデルに導入すると、GDPの落ち込みがより大きくなることがわかった。価格を動きにくくすると均衡を保つために数量がより大きく動くようになるという、当然の結果である。下のグラフは、金利がある一定(1%あるいは0%)以下に下がらない仮定の下でモデルの挙動がどのように異なるかを示している。金利が0%以下に下がらないという制約の元ではGDPの落ち込みがベースのモデルに比べてより大きいことが見て取れるであろう。
  4. では、ベースのモデルを拡張して、住宅のように、それ自体を担保にして借り入れができ、資産の役割も果たし、かつそれを保有することで効用が得られる財を導入してみよう。このモデルでは、クレジットクランチは、住宅の価値のうち何%まで借り入れができるかという数字が突然小さくなるという風にモデル化される。ベースのモデルより現実的な仮定といえるであろう。しかし、このモデルの挙動はちょっとおかしなものとなる。家計がクレジットクランチに対応して借り入れを減らしたり、貯蓄を増やしたりすると、その一部分は住宅に回る。住宅は資産でもあるので、貯蓄を増やすときには保有する住宅のサイズも大きくなってしまうのである。よってこのモデルでは、ある意味住宅ブームが起こってしまう。その(かなりアドホックな)解決策として、住宅ローン金利(正確にはスプレッド)も同時に上がればこのような住宅ブームは起こらないとしている。それに、住宅ブームが起こるので、GDPも減少しないどころか、上昇してしまう。この問題も住宅ローンの金利が同時に上昇すれば解決できる(GDPは減少する)。以下のグラフは、住宅を導入したモデルで、クレジットクランチだけが起こった(住宅ローン金利はショックを受けていない)時にマクロ経済がどのような影響を受けるかを示している。
Great RecessionをHAモデルとクレジットクランチで再現するという試みは、何で誰もやらなかったんだろう、と思わせるという意味でいいペーパーだと思うが、(Great Recessionの際に何が起こったかはある程度皆わかっているものの)データとぜんぜん比べていないことと、モデルがとてもシンプルであること、ある意味驚くような結果ではないが、ビッグネームによるペーパーであることから、どのようなジャーナルに行くのか興味があるペーパーだ。