No, Aging Did Not Cause the Secular Stagnation.

今回は、AcemogluとRestrepoによる最新のNBER Working Paper("Secular Stagnation? The Effect of Aging on Economic Growth in the Age of Automation")に触れる。とても短い論文だし、2017年のAEA年次総会で発表したと書いてあるので、おそらくはAER PPに載る論文なんだろう。

まずは、簡単にバックグラウンドから紹介しよう。普通の景気循環であれば、不況期にはGDP(生産活動)の成長率が急に落ち込むものの、その後の回復期にはGDPの成長率が急激に回復するのが常である。しかし、ほぼ全部の先進国では、2000年代後半の不況期以降、GDP成長率の急速な回復が見られない。下のグラフは、Summersが2016年2月に書いた記事と同じように、先進諸国の実質GDPの年間成長率の10年間の平均値の推移を示している(ソースはOECD。2016年以降はOECDの予測値)。
どの国も、1970年代以降、成長率が少しずつ低下し、2000年代初めのドットコムブームの後は、軒並み年率2%を下回っている。OECDの平均成長率も濃い青で示しているが、グラフにあるその他の国の動きと同じようなものである。このような成長率の停滞はSecular Stagnation(長期停滞)と呼ばれている。重要な事実は、この停滞はほぼ全ての先進国で起こっているという点である。よって、ある国に特有の理由によって説明してはならず、各国に同時に起こりうる説明でなければならない。例えば、日本において、生産性の低い企業が淘汰されていないから経済成長率が停滞したと言う議論は、日本の経済成長率が他のOECD諸国に比べて更に低いことの説明にはなるかもしれないけれども、大きな流れの説明にはならない。

このような長期停滞の裏にあるのは何であろうか?いくつもの仮説が提示されている。
  1. Summersは投資の需要の低さを強調している。ひとつ考えられるのは、コンピューター・オンラインサービスなどの重要性が増してくると、昔のように大型の機械に巨額の投資をする事が少なくなり、それが長期的な投資需要の停滞を生み出している。投資需要の停滞が総需要の停滞につながり、成長率を引き下げている。
  2. KrugmanはLiquidity Trap(流動性トラップ)の重要性を強調している。ゼロ金利制約に引っかかっている状況では、金融政策(政策金利の引き下げ)によって消費、投資などの総需要を刺激することが困難なため、総需要が停滞し、成長率の回復を妨げているのではないかというのである。但し、アメリカ・欧州・日本で行われてきている非伝統的金融政策はなんで効いてないのか?もし原因が通常の景気循環に対して金融政策で対処できないということであるならば、日本のように10年以上にわたってそのような不況が続くことが何でありうるのか?といった質問に答えられなければならない。後者の質問に対しては、いい均衡とゼロ金利に引っかかり続ける悪い均衡の二つがあり、悪い均衡にはまってしまうと脱出が難しいというような理論が提示されているが、このようなモデルは、急激な変化(1980年代の急激な地価上昇とその後の急激な低下のような)でも見られない限り、データによる正当化が難しいのではというのが個人的な印象である。
  3. Gordonなどは、そもそも技術革新のスピードが鈍った(インターネット以降、生産技術や生活を劇的に変えるような技術革新が起きていない)ことが長期的な停滞を引き起こしているのではないかという仮説を立てている。この仮説もデータから確かめることは非常に難しい。また、このような悲観論に対しては、1990年代初めにも同じことを言う人が言う人がいたけど、その後何が起こったか知ってるよな、という答えがよく返ってくる。
  4. BernankeはGlobal Saving Glut(世界的な貯蓄過剰)の重要性を強調している。中国やその他の途上国では貯蓄が大幅に増加しており、資源国では近年までは資源価格の上昇によって貯蓄が大幅に増えていた。そのような貯蓄の増加が世界の金利を引き下げ、またそのような貯蓄がドル資産などに向かうことで先進国の貿易赤字に結びつき、先進国のGDPの成長率を鈍化させた、という説である。
  5. 最後の仮説は、社会の高齢化をベースとしている。人口の高齢化に伴って、老後に備えるための貯蓄が増えて消費需要が停滞していること、そして、高齢化すると経済のダイナミズムが失われて技術革新が遅くなることを重視する立場である。
今回のペーパーでは、最後の仮説、つまり高齢化が進むと経済成長率が低下するという仮説をクロスカントリーデータで検証してみた結果、そのような仮説はデータでは支持されなかったということを示している。では、彼らのデータを見てみよう。まずは、高齢化に関するデータを示しているのが以下のグラフである。
緑色の線はOECD諸国における、50歳以上の人の人数の20-49歳の人の人数に対する比率である。しばしば、「依存人口比率」(dependency ratio)と呼ばれている。この数字が高いということは労働世代一人ひとりが養わなければならない高齢世代の人数が多いということである。今のOECD平均は0.9程度であるが、2050年には1.3を超えると予測されている。黒い線は全世界平均で、もちろんOECD平均より低い。日本はもっと高くなっている。

では、この依存人口比率が1990年から2015年の間に高まった国は経済成長率(一人当たりの実質GDP成長率)も低下するはずだという相関関係が、高齢化が長期停滞を引き起こしている場合に成り立っていなければならない。では、この二つをプロットしてみたのが以下のグラフである。
オレンジの点がOECD諸国、水色の点がそれ以外の国である。OECD諸国だけを見ても、全部の国を見ても、強い相関は見られない。それどころか、単純に線形回帰してみると、仮説が正しいときの場合とは逆に、正の相関がある。つまり、1990年から2015年の間に高齢化が進んだ国は経済成長率が低下するという仮説は彼らのデータからは支持されていない。逆に、経済成長率はわずかながら高まっている。

では、どうしてこのようなことが起こりうるか?彼らの仮説は、高齢化が進んだ国は、ロボットなど、労働力を使わない技術にシフトすることにより、生産性の低下を防ぐことができた、あるいは生産性が更に向上できたからだ、というものである。その仮設と整合的なデータとして以下のグラフが示されている。
X軸は前のグラフと同じく、高齢化の進み具合である。Y軸は、ロボットの使われる度合いが1993年から2015年の間にどの程度変化したかを示している。この数字が大きいということは、ロボットがより使われるようになったことを示している。日本がないように見えるのが残念だが、相関は正であり、彼らの仮説と整合的である。個人的には本当かなぁ、とにわかには信じがたい仮説なんだけど、まぁ、ちゃんと読んでいないので、批判のしようがない。簡単なデータ分析で大きなテーマについて直感的でない答えを出している、とてもprovocative(挑発的)な論文である。

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