Are U.S. Mark-ups Really Increasing?

ちょっと前に、De LoeckerとEeckhoutによる話題のペーパーを紹介した。基本的な問題意識としては、アメリカ(や他の国)において、経済の「ダイナミズム」が失われつつあるのではないかというものである。例えば、企業の新規参入のペースは以下のグラフで見られるように、下がってきている(出典はここ)。新しい企業が経済成長をけん引するという考え方に基づくと、スタートアップの減少は、経済の「ダイナミズム」を失わせる要因になっているのではないかと考えることもできる。その他にも、別の企業に移る労働者の割合も減少傾向にある。


De LoeckerとEeckhoutは、上場企業のマークアップ率が1980年代ごろまでは18%程度だったのだけれども、2010年以降は60%を超えるレベルに上昇し、67%まで達したというデータを示した。マークアップ率というのは、簡単に言うと、(あるモノの価格)を(そのモノ1単位を追加的に生産するためのコスト)で割ったものである。もしマークアップ率が18%ならば、生産にかかるコストに18%上乗せした価格で商品が売れるということである。単純な経済モデルを考えれば、ある企業が何らかの理由で大きな市場支配力をもっていれば、その企業は生産コストを大幅に上回る価格を付けても競合他社に顧客を奪われる心配はない。よって、高いマークアップ率というのは市場支配力を反映したものだと考えることができる。彼らのペーパーは、アメリカにおいて大企業の市場支配力が高まっていることで、経済の「ダイナミズム」が損なわれているのではないかという議論を巻き起こしている。下のグラフが、De LoeckerとEeckhoutのメインの結果である。



前のポストで紹介したとおり、労働分配率の低下(GDPのうちの労働者の取り分)が低下傾向にあるのも、企業の価格支配力の上昇によって引き起こされているという理論は簡単に構築できる。

ただ、このペーパーに対して、彼らのマークアップ率の計算方法はおかしいんじゃないかという人が結構出てきている。このような主張をしているシカゴのビジネススクールのTrainaによる最新のワーキングペーパーの内容がわかりやすいブログ記事に出ていたのでこれについてメモしておく。彼も、De LoeckerとEeckhoutと同じように、アメリカの上場企業のうち、金融とユーティリティ(電気・水道・通信等)セクターを除いた企業のマークアップ率を計算してみた。大きな違いは、De LoeckerとEeckhoutはモノの生産コストとしてCost of Goods Sold (COGS)というデータを使ったのに対し、TrainaはOperating Expenses (OPEX)というデータを使ったという点である。COGSはモノの生産に直接関連する材料費や労働のコストだけを含んでいる。その一方、OPEXはCOGSに加えて、SGA(Selling, General and Administrative Expenses)も含んでいる。SGAは、英語からわかるように、モノの生産に間接的に必要なマーケティングコストや事務のコストを含んでいる。下のグラフは、De LoeckerとEeckhoutが計算したマークアップ率(赤、生産コストとしてCOGSを使っている)とTrainaが計算したマークアップ率(青、生産コストとしてOPEXを使っている)を比べたものである。

Trianaによると、生産コストとして、より包括的なデータであるOPEXを使うと、マークアップ率は1980年代以降緩やかな上昇傾向にあるものの、最新の水準は1950年代ごろの水準(15%)と変わらないことがわかる。つまり、マークアップ率は過去25年間上昇傾向にあるものの、その上昇の度合いは歴史的に見たことがないレベルでは全くないということである。

では、なぜこのような違いが生み出されているのか?それは、生産のコストにおける、SGA(マーケティングや事務のコスト)の割合がどんどん高まっているからである。上のグラフの緑の線は、OPEX(Trianaがマークアップ率を計算するのに使ったコストデータ)におけるCOGS(De LoeckerとEeckhoutが使ったコストデータ)の割合の変化を示している。1950年には狭義の生産コストであるCOGSは広義のコストであるOPEXの89%程度を占めていたが、その割合はどんどん低下し最新のデータでは78%程度しか占めていない。つまり、広義の生産コストで計算したマークアップ率はあまり大きく変わっていないんだけれども、狭義の生産コストを使うと、その重要性は時とともに低下し続けているので、マークアップ率は大きく上昇したように見えるのである。アップルのような企業を考えると、マーケティングのコストが重要になってきているのは、感覚的にわかりやすいであろう。

では、どちらのコストデータを使うのが正しいのであろうか?マークアップ率の計算に使うのは、固定コストを除いた、追加的な生産に必要なコストなのだけれども、SGAは固定コストも含んでいる可能性が高い。Trianaは固定コストが幾分SGAに含まれていることは問題ではないという証拠を示しているが、ちょっと細かい議論なので省略する。

関連したデータで、もう一つ紹介しておくと、Karl SmithはDe LoeckerとEeckhoutの計算を、マークアップ率の平均を取るときに、企業の大きさでウェイト付けをせずに計算してみた。つまり、彼の平均では、小さい企業のマークアップ率がより大きく平均に反映されているのである。下のグラフがその結果である。
赤の線がDe LoeckerとEeckhoutの結果に対応しており、黒の線が、企業のサイズでウェイト付けしない場合のマークアップ率である。面白いことに黒の方が上である。つまり、一般的な考え方に反して、小さい企業の方がマークアップ率が高いのではないか、と彼は主張している。彼の考えるストーリーは、ウォルマートのような大きな企業は価格を切り下げるのでマークアップ率は小さいけれども、小さい企業はある小さい市場に特化(例えば、クラフトービールのような感じかな)して、高いマークアップを維持できるようになったのではないか、というものである。彼の分析はCOGSによるものなので、COGSとOPEXの違いを考えると解釈も変わってくるかもしれないが、面白いので言及しておく。

今後は、別のやり方で計算したマークアップ率がでてきたり、どちらのコストデータを使うべきなのかについての議論が緻密化されたり、していくのだろう。そして、もし、マークアップ率があまり変わってないという結論に達したならば、なぜそれでも企業の利益が増加しつつあるのかという残された疑問に答える必要性が出てくるのだろう。

De LoeckerとEeckhoutのペーパーはそれでもトップジャーナルに行く可能性が高いらしい。データはちょっと怪しいかもしれないけれども、企業の市場支配力という視点をマクロの分析に持ち込むきっかけを作ったということが大きく評価されるのだろう。実際に、このペーパーはとてもstimulatingだと思う。このことを考えると、「何であれ君の得た結果は将来覆される可能性が高いのだから、正しいペーパーを書こうとするな。間違っているかもしれなくても、おもしろい新しい視点を導入し、その視点をできる限りサポートする方法を考えろ。」とある人に言われたのを思い出した。

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