PSID and Income Volatility

PSID (Panel Study of Income Dynamics)というのはアメリカの家計のパネルデータで、もっとも有名なもののひとつである。1968年(前年の所得等についてインタビューをするので1967年のデータ)から始まって、1997年までは毎年データがあり、その後は隔年のデータとなっている。1968年から毎年、同じ家計に、所得、労働時間、学歴、から始まって本当にいろいろな事項について質問をし、ひとつの家計から子供が独立したりすると、その子供も新しい家計としてサンプルに加えられて毎年追跡調査される。聞き取りをする家計の数が少ない(とはいえ5000の家計に所属する18000人)のがどうしようもない弱点なのだけれどもすばらしいデータセットであり、僕もサンプルに入りたかったなぁと思う。ミシガン大学が整備を続けており、誰でもウェブサイトから無料でダウンロードできる。

昔はばらばらのテキストファイルをダウンロードして、自分がほしい変数がどこにあるかをCodebookで調べて(年によって変わる…)、Stataとかに必要な変数を読み込み、自分で家計をや個人をつなげる作業が必要だったんだけれども、最近はすばらしいウェブインターフェイスから必要なものだけ簡単にダウンロードできるようになった。日本のマイクロデータを管理している人は是非見習ってほしいし、整備にお金が必要なら、日本政府はぜひお金を惜しまず出してほしい。

今年はPSIDが始まって50周年(!)なので、50周年を祝うさまざまなイベントが行われている。例えば、この前のAEA年次総会でも、PSID50周年記念セッションがあった。多分それらのイベントの関連だと思うんだけれども、MoffittとZhangによる、PSIDから計算できる所得の変動率(Volatility)についてのサーベイ的な論文がNBER Working Paperにあがっていたので、ちょっと見てみた。

彼らは、PSIDの強みとして、以下の4点を挙げている。
(1) とても長い(1967年~)サンプル期間。
(2) 最初に含まれていた家計(それ自体もアメリカの家計を代表するように選ばれている)とそこから派生してできた家計を追跡することにより、移民による変化を除けば、いつまでもアメリカの家計を代表するようにできていること。
(3) (最近使われる行政データが含んでいない)多岐にわたる質問をしていること。
(4) (家計が住んでいる)地域を特定するデータがあること。

PSIDを使って数多くのペーパーが書かれてきたが、重要なイシューは、個人の労働所得の変動率がどのくらいか、労働所得の変動を一時的な変動(一時的な労働所得の上下動)と恒久的な変動(ずっと変わらない個々の労働所得の差)に分解したときに、それぞれの大きさはどれくらいか、総変動率と、その一時的変動率、恒久的変動率は、時間とともにどのように変わっていっているか、であった。最後のポイントは、最近のトレンドとなっている、所得の不平等の度合いの変化と深く関連している。

著者らはいくつかPSIDをもとにしたデータを示しているのでそれを載せておく。使ったデータは1970年から2014年までの、男性の家計主で、30歳から59歳までの、労働所得である。年齢による所得の増加や、経済成長に伴う平均所得の増加をコントロールするため、まずは対数とをった労働所得のうち、年齢ダミー(30代、40代、50代)と毎年のダミーで説明できる部分を取り除いたあとの、労働所得の対数の変動率が、下に示されている。また、極端な値の影響を小さくするため、上下1%は取り除いている。
よく知られていることであるが、労働者個人の労働所得の変動率は1970年代から1980年代中盤までは上昇し、1980年代半ばから2000年ごろまでは安定し、その後再び上昇に転じている。これらのトレンドは、PSIDほど長い期間を見ることのできない(ので上のグラフの一部としか比較できないが)他のマイクロデータによって計算された変動率のトレンドと整合的であると著者らは述べている。

では、このようなトレンドを、一時的な変動率と恒久的な変動率にわけて、それぞれの変化を見てみたものが以下のグラフである。もちろん、2つの要素に分けるためには、あるモデルを仮定しなければならないが、著者らは、恒久的な変動としてはランダムウォーク、一時的な変動としては、深くは立ち入らないが、ARMAのようなプロセスを仮定している。どちらの変動率も、1970年のレベルを1に基準化している。アルファが恒久的な所得変動の変化率(1970=1)、ベータが一時的な所得変動の変化率(1970=1)を示している。
このグラフから見て取れるのは、恒久的な変動率も、一時的な変動率も、総変動率と同じような動きを示していることだ。つまり、1970-1980年代には上昇し、2000年ごろまでは停滞し、それ以降再び上昇に転じている。では、それぞれの変動率の実際のレベルを見てみたのが以下のグラフである。詳しくは、40代の男性の世帯主の労働所得の変動率の変化を示している。
1つ前のグラフでは両方の変動率を1970年のレベルで基準化したので、それぞれの大きさがわからなかったが、このグラフでは、一時的な変動率が総変動率の約3/2、恒久的な変動率が総変動率の約1/3を占めていることがわかる。両方とも同じようなペースで変化しているので、その比率は最近も大きくは変わらない。

一般的には、一時的な所得の変動は貯蓄や政府による所得再配分で対応でしやすいと考えられており、消費に与える影響は小さいと考えられている。とすると、消費に影響を与えるという意味で本質的に重要な恒久的な変動率は、特に最近のデータでは、総変動率に比べて低い水準にとどまっていることがわかる。

0 comments:

Post a Comment